後のない先
「そんなことをしても意味ないだろ」
風が吹き付けて露出している肌を冷やしていく。
「⋯⋯あなたには関係ない」
太陽が消えた。辛うじて茜色の空が遠くに見える。
「もうしばらくすれば完全下校時間だぞ」
星が無い。雲が隠してしまった。
「だからあなたには関係ないって」
手が触れるそれがそれはもう冷たくて冷たくて、このままでは焼けてしまいそうだと錯覚してしまう。
「可愛い顔が台無しだな。びっくりするぐらい汚れてる」
カキンッとこれはまた気持ちのいい音が聞こえた。きっとバッターは手が震えてるだろう。
「なんなの? 気持ち悪い。どっかいってよ」
茜色の空が見えなくなった。完全に夜になった。冬は気づいたらすぐ外が暗くなる。
「君が俺のいないどこかに行けばいいだろ?」
静寂は来ない。風の音が耳に劈くようだ。
「うざ」
初めて彼女の顔を見た。深い溜め息を吐いている。
「君可愛い顔してるけど俺の好みじゃねえや」
彼女は心底嫌がるような仕草をして離れていく。
「さっきからなんなのあんた。ほんときもいんだけど」
彼女は俺から離れたくせにあくまでも横に移動しただけだった。
「君こそ。見た目とは裏腹に心底気持ちの悪い内側だね。吐けと言われたら吐いてしまえるくらいだ」
遠くから野太い男声の怒声が聞こえてくる。青春だなぁ。
「あぁあもうなんなのあんた。気持ち悪い。何がしたいの」
彼女は再び少しだけ近付いてきた。離れて近付いて忙しいな。
「最初に言ったはずだけど。そんなことをしても意味ないだろってさ。それで分かんない?」
手のひらを見る。真っ赤になってしまった。冷たい。
「分かってるから分かんないの。分かるでしょ」
月が雲の隙間から少しだけ見える。あ、隠れた。
「それでどうすんの? 空暗いよ? 帰ろうぜ」
彼女の息が止まる音が聞こえた。
「いやだ。あんなとこに帰るならここにずっといる方が全然マシ」
彼女の怒りの形が変わったように聞こえた。
「君が助かる方法があるって言ったら君は知りたいと思ってくれるか」
風の音がうるさい。肌が冷える。早くこたつに入りたい。
「別に。もういい。あんたが今すぐここからいなくなる方法の方が知りたいかも」
今日の夕飯はカレーって言ってたはず。辛いの苦手なのになあ。
「君がついてきてくれればすぐにここからいなくなるけど」
彼女は嫌そうな顔をした。
「やだ」
彼女の舌打ちと溜め息が大きく響いた気がした。
「なら俺はずっとここにいるけど」
彼女の顔は変わっていないが、どこか悩んでいるような仕草をする。
「⋯⋯めんどくさ。あんたについて行けばいいんでしょ。ついてけば」
彼女は声にならない叫びを上げたように見えた。そしてこちらに近付いてくる。
「ひとつ聞いていい? なんで生きてるのに死ぬのか」
彼女は器用に柵を登ってこちら側へ降りる。
「は? 何言ってんの?」
彼女の肩を軽く叩く。手が冷えていて感触は何もなかった。
「死んだらそれで終わりじゃん」
彼女は触れられた肩を手で払った。ひどい。
「生きてる方が嫌だからでしょ」
ドアを開けて階段を降りていく。
「死んだ先があると思ってんの?」
玄関で靴を替える。
「⋯⋯意味分かんないし」
校門を出て、横断歩道を渡る。
「死んだら何もかもが消える。怖くないのか?」
信号が赤く光っている。彼女は足を止めた。
「怖いけど、生きてるよりマシ」
溜め息を吐くと少しだけ頭が重くなった気がした。
「なんで? 死んだら感情なくなるだろ」
彼女は何も答えない。口を開いたのは。信号が青く光って再び歩き始めてからだった。
「感情がないならそれでいい。嫌なことも感じない」
彼女の言葉に驚いて間抜けな声を出してしまった。彼女は少し苛ついた様子で俺を見た。
「考える頭もないのに。死んだら全部消えるんだからさ、なんで死んだ後のこと考えてんの?」
彼女は何も言わずに俯いてしまった。
「死んだら終わりなんだから考えるのは死ぬ瞬間までに何考えてるかとかじゃないのか?」
手が悴んでしまって、ポケットに乱暴に突っ込むと擦れて痛かった。
「あんたほんとうざい」
彼女は考えることをやめたいと言わんばかりに俺の腕を強くつねってきた。
「痛いんだけど。何?」
彼女は腕をつねるのをやめなかった。
「知らない。分かんない。分かんない、もう。ほんとうざい」
ほんと、わかんねぇ。




