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第五話

 ラーメン屋につくと、木村達はカウンター席に座った。俺達は、奥のテーブル席へ行く。ボックスになっており、仕切りの壁があるため、ここなら外からも見えずにすみそうだ。


「白川〜。何にする〜?」

「豚骨バリカタ葱マシマシで!弟も同じので〜。」

「おっけー。俺は…」


 メニュー表を見ながら不思議そうな顔をしているので、俺が代わりにさっさと注文してしまった。

 木村達が注文してくれている間に男の子に静かに話しかけた。


「ところで、君の名前は?」


 途端にニコニコ猫をかぶっていた顔を顰められる。


「名乗らなきゃ、だめか?」

「呼びづらいんだよ。俺は白川誠司。弟って紹介してあるし、特別にお兄ちゃんって呼んでいいよ!弟よ。」


 ニカッと渾身の笑をすると、諦めたように男の子が口を開いた。


「…まこと。苗字は学校外で知らない人には名乗るなと校則で決まっている。」

「御坊ちゃま学校だもんね。今日みたいなことがあるくらいだし。じゃあ、まこと君って呼んでいいの?」

「…この名前は好きじゃない。」

「なにそれ、じゃあ、そうだな…。ぼくちゃん?」

「なんだ、そのアホみたいなあだ名は。」

「名前で呼ばれなくないんでしょ?でも、苗字知らないし。君は、自分のことを僕って呼ぶでしょ?だから、ぼくちゃん。嫌な名前よりマシでしょ?」


 嘘です。本当は、下僕下僕言ってるから、ぼくちゃん。


 まさかそんなことは言えずに、俺はメニュー表を片付けつつ様子を伺った。男の子は、不服そうだが小さく頷いた。


「どうせ今だけだ。わかった。許す、下僕よ。」

「ねぇ、その下僕ってやめてよ。なにそれ、今流行ってるの?お兄さん、泣いちゃう!」


 そんな会話をしているとカウンターの上に設置されているテレビから最近よく見るCMが流れた。


『ピンクのカバが目印~。よく効く薬は櫻葉製薬♪』


 ピンクのカバって何だよ。

「ピンクのカバって何だよ。」

「え?心の声でちゃった?」

「は?」


 驚いてぼくちゃんを見ると、彼はもうテレビからはもう視線を外していた。


「俺も思ったの、今ね。」

「…みんな思うよな。センスがない。」

「同じ意見で何よりだよ。」


 顔を見合わせるとお互い小さく笑ってしまった。


「豚骨バリカタ葱マシマシ〜。おまたせしやした〜。」


 そこへ店主のおじさんがラーメンを届けてくれた。

 途端に豚骨の美味しそうな香りが、胃をくすぐる。本当は食欲なんかなかったが、美味しそうなラーメンを前にした急激に腹がすいた。全く現金な体である。


「これ、箸ね。熱いからレンゲも使いな?ほら、食べ方わかる?」


 俺がぼくちゃんの世話を焼いていると、木村がこちらを向いて大笑いした。


「白川、お前弟の世話やきすぎじゃね?もう二年生ぐらいだろ?俺の従兄弟も二年生だけど、ラーメンくらい一人で食べれるって!」

「四年生だ!!」

「「えっ!」」

 

 ぼくちゃんは顔を真っ赤にして怒っていた。

 思わず俺まで驚いてしまった。いかんいかん。

 ごめん、だって君、小さいんだもの。

 

 木村達はゲラゲラ笑って盛り上がっていた。もう、話題はぼくちゃんから、クラスの可愛い女子についてになっている。可愛いリカちゃんが、これまた可愛い友達を連れてこの前の試合を見にきてくれたらしい。木村よ。君ってやつは、本当に平和だな。


「そういえば試合のお礼って、なに?」


 リカちゃんの話を遠くに聞きながら、不意にぼくちゃんに尋ねられた。


「柔道の試合の、助っ人。一人怪我して代わりに俺が出たの。ただの人数合わせだよ。」

「げぼ…お兄ちゃんは柔道部なの?」

「今、下僕ってまた言ったよね!?いや、柔道部ではないんだけど、頼まれたからさ。」

「…お人好しなんだ。」

「そんなんじゃないよ。」


 会話をしながら、俺のバリカタはもう食べ終わりそうだが、ぼくちゃんは以前として熱いスープをふーふーしていた。君、まだ一口も食べられてないの?


「おじさーん。お椀ちょうだい〜。」


 カウンターに行って、おじさんに手を伸ばした時だった。出入り口のすりガラスの向こうを、黒いスーツが通り過ぎた。お椀を受け取り、急いで席に着く。ラーメンを取り分けてあげると、ぼくちゃんはようやく一口目が食べられた。


「おいしい!」


 輝いた瞳は、ただの小学生だった。

 俺は食べ終わると、座りながらテーブル席の斜め向かい側の壁にかかっている鏡を確認した。ちょうど鏡に出入り口が映るのだ。数回、黒いスーツが通っているが、店内にくる様子はない。そのまま、外の様子を伺いつつ、ぼくちゃんが食べ終わるのをただ待った。


「ご馳走様でした。」


 ぼくちゃんがハンカチを取り出して口を拭っている。そんなところまで、坊ちゃんかよ。苦笑いしつつ、木村達に声をかけた。


「ありがとな。弟の分は払うからさ。」


 そう言って財布を鞄から取り出そうとすると、木村に止められた。


「いいっていいって!白川のおかげで勝てたようなもんだし。弟の分も奢らせてくれよ!」


 木村、マジで良いやつ。


「まじか、ありがとな!また何かあったら声かけてくれよ。ご馳走様でした〜。」


 木村達にお礼を言って、おじさんに声をかける。


「おじさん!ごめん、また裏口から出させて。ちょっと出たとこに、しつこい子がいるっぽくてさ。」

「またか、坊主!モテる男はつらいね〜。」

「白川、お前ばっかずりーな!おつかれ〜。」

「じゃーねー!」


 ゲラゲラ笑う声を後ろに別れを告げて、さっさとぼくちゃんの手を引いて裏口から出た。


 その後、ムキムキスーツ男が一人入ってきて俺達のことを聞いたせいで、店主のおじさんと木村達の間が騒ついたのは、また別の話。


「え、白川って男もいけんの?」


 いや、ムキムキスーツ男はごめんです。


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