第三話
手を離すと、女の子は繋いでいた手を軽く振った後、嫌そうに顔を顰めて制服の半ズボンで掌を拭っている。
呆然とする俺の目の前で、セーラーの襟を正し、服の乱れを整えている。シワのよってしまった半ズボンも下に引っ張って伸ばし、ソックスのズレも整えている。小学生のくせに、ずいぶん几帳面だ。
って、ズボン?
「ねぇ、君って、女の子?」
思いの外、間抜けな声が路地に響いた。
丸い瞳がキッと細められ、睨まれて怯んだ。
「僕は、男だ。」
「ひょえ!ご、ごめんね~。」
ヘラッと笑うと、また嫌そうに顔を顰められてしまった。一通り乱れを整え、指定鞄なのだろう黒い革リュックを背負い直すと、ようやくこちらを向いた。真っ直ぐに見つめて女の子…もとい男の子は言った。
「先程は、ありがとう。助かった。」
おぉ、お礼が言えるのか。先程は横柄な態度だったので、少し感心する。そうだ、こんなにのほほんとしている場合ではない。俺は慌てて口を開いた。
「さっきのって、誘拐だよね!?」
男の子は、落ち着き払った声で答えた。
「あぁ、誘拐だな。」
「怖かったよね!君、大丈夫?」
「大丈夫だ。馴れている。だか、今回ばかりは、お前がいて助かった。」
「うぇ!?馴れてる??」
誘拐って、馴れるものなの?
「役に立ててよかったけど…、この後どうする?そうだ!警察にー…」
「駄目だ!!!!」
突然、男の子が大きな声を出した。先程までとは違い、少し慌てたように視線が泳ぐ。驚いてまた固まってしまった俺に、ハッとして、「んん!」と一つ下手くそな咳払いをして男の子が言った。
「警察は、駄目だ。」
「…どうして?」
「どうしてもだ。大事にしたくはない。」
「大事って、十分大事だよ!!」
今度は俺が大きな声を出す番だった。男の子が、驚いたように目を見開く。
「誘拐だよ?十分、大事でしょ。警察に行って保護してもらおう。お家の人にも連絡しなきゃ。」
俺がそう言うと、男の子は静かに目を伏せた。
「…だめなんだ。特に家には連絡できない。」
沈黙が流れる。これは、訳あり?
その時だった。
遠くから複数人が走る音が聞こえた。
「おい!みつかったか!?」
「いぇ、まだです。確かにこっちだと…」
目を凝らすと、路地を抜けた先に繋がっている大通りに黒スーツがチラッと見えた。あれは、さっきのムキムキスーツ男達か。
「まずい!隠れよう!」
男の子の手を引いて、近くにあったゴミ捨て場の陰に隠れた。できる限り男の子を壁に押し付け、身を低くしながら気配を探る。
「ごめん、静かに…。」
男の子は、今度は何も言わなかった。
大通りの方から聞こえた足音は、次第に聞こえなくなっていく。沈黙のあと、やがて、
ぐぅううう~
盛大に大きな腹の虫が鳴った。
驚いて見ると、先程まで涼しい顔をしていた男の子が、真っ赤な顔で俯いていた。
足音は、もう聞こえない。
「お腹、すいたの?」
こくりと頷く。
「とりあえず、場所をいどうしようか。」
俺達は、路地から出ることにした。