エピローグ
ひとりの男が、薄暗い部屋の中で壁に貼られている写真を剥がしていた。
視線の先にある一枚の写真と雑誌は、男の手によって丸めてゴミ袋に放り込まれた。その目には、以前と変わらない憎しみが込められている。男がつぶやく。
「許さない。絶対に、許さない。」
小さいが、強い意志が込められた声だった。
男は、小さなボストンバッグを一つ手繰り寄せると、それを肩に担いだ。
男の視線が、もう一度ゴミ袋に向く。
「いつか、お前の大切なものを全て奪ってやる。ぼくちゃんと一緒に、頑張るよ。母さん。」
男は、そう呟くと部屋の外に出た。
夏の日差しが、眩しく照りつけた。
「荷物は、それだけか?」
やや高いハスキーな声の先を辿ると、小さな男の子が立っていた。
「あぁ、あとは処分してもらって構わない。」
男の荷物は、小さなボストンバッグと、段ボール2つだけ。16年間住んでいた家を離れるにしては、やけに少ない荷物だった。
「本当にいいのか?」
「あぁ、俺は、もういい。」
男はそう答えると、男の子の後ろに立っていた男性に声をかけた。
「岩崎さん、後はお好きにどうぞ。すべて、貴方にまかせます。」
岩崎と呼ばれた男は、一瞬顔を顰めた。それは、今にも泣き出しそうな顔にも見えた。
「ありがとう。誠司くん。」
そして深々と男に頭を下げると、二人の横を通り抜け、部屋へと消えていった。
その様子を、この部屋の大家が心配そうに見つめていた。
「本当に、引っ越すのかい?」
尋ねられたその言葉に対して、男の返事に迷いはなかった。
「…見つけたから、家族を。」
そう言って、笑った男の顔は晴れやかだった。
「さぁ、行こうか。」
男が言うと、男の子は頷き、自分の手を男へ差し出した。そして、男に告げた。
「帰ろう。僕達の家に。」
男は、もうひとりじゃなかった。
【完】
これで、この物語は一度おしまいです。今後、シリーズで続くかもしれないので、興味のある方は、また覗きに来てくださると嬉しいです。このページ以降は、番外編へ続く予定です。お読みいただき、ありがとうございました。
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また、次の物語でもお会いできるのを心待ちにしております。