第二話
車の中は、静かだった。
運転席にムキムキスーツ男1。助手席にムキムキスーツ男2。後部座席の両端にムキムキスーツ男3.4がいて、膝に女の子を乗せた俺を挟んで座っている。そう、挟んで座っているのだ。
正直に言おう。狭い。すごく、狭い。
「あ、あの〜。定員オーバーじゃないっすか?」
恐る恐る口にした俺は、ムキムキスーツ男3に思いっきり頭を叩かれた。
「うるさい!お前のせいだろうが!!」
思いっきり怒鳴られる。え〜、頭痛い。
「じゃあ、降ろしてくださいよ!!」
「それは、できない。予定変更だが、お前も連れて行く。騒げば、殺すぞ。」
ずいぶんと物騒な言葉が飛び出してきて、仕方なく黙る。その会話の間、女の子は俺の膝の上で俯きながらずっと震えていた。
「大丈夫?」
静かな声でそっと話しかけてみた。
顔は見えなかったが、小さな頭が静かに頷く。
そうだよな。怖いよな。
「この子をどうする気だ。」
もう一度男達に話しかけたが、今度は舌打ちしか返ってこなかった。
さて、どうするか。
俺の所持品は今、学生鞄一つ。棒アイスが入ったレジ袋が一つ。可愛い女の子が一人。
さて、本当にどうするか。
しばらくして、車が交差点の信号で止まった。
どうやら、町外れの公園から、俺の高校近くの街中までやってきたようだった。ここは、学校が集まる学園都市、ビル街、商店街に分岐する場所だ。
この信号は、歩行者優先のため、しばらくは赤のままだろう。今しかない気がした。
「うぅ!は、腹が痛い…!!」
俺は、女の子の肩に顔を埋めるようにして、体制を低くした。突然の俺の様子に、ムキムキスーツ男3.4が驚く。ちょっと、演技は下手だったかな?
「おい、どうした。」
けれど、ムキムキスーツ男3が俺を覗き込むように肩に手を置いた。
あら?心配してる?意外といいやつ?
その瞬間、俺は男の顎下に向かって思い切り頭を振り上げた。
ドガ!!
衝撃で男の頭が後ろに傾く。軽く脳震盪くらいさせられたかな?その頭をシートに片手で思い切り押さえつけながら、身を乗り出して鍵を開け、勢いよく扉を開いた。
突然の俺の行動に、車の中は騒然とした。
「おい!!何してる!?」
掴みかかろうとするムキムキスーツ男4の腹に渾身の蹴りを入れながら、その勢いのまま外に転がり出る。馬鹿目が、お利口にシートベルトなんぞを付けているから動けないんだぞ、ムキムキスーツよ。腕の中にいる女の子が怪我をしないように抱え込んでいたせいで、受け身が取れず、ついた背中がめちゃめちゃ痛い。泣きそう。
だが、泣いている場合ではない。
急いで立ち上がり、女の子の手をひいて走り出した。女の子の帽子が落ちたが、拾っている場合ではない。
ちらりと後ろを見やると、男達は追いかけてこようとしているが、信号が代わりに後ろの車にクラクションを鳴らされたり、通行人に白い目で見られたりと右往左往していた。ざまあみろだ。
そのまま足を止めず、ひたすら走る。
大通りから細い路地に入ったところで、不意に声が聞こえてきた。
「おい、下僕。」
やや高いが、ハスキーな声だった。
思わず足を止めて振り返る。
俺に手を繋がれたままの女の子は、息が上がり、頬を真っ赤にして潤んだ瞳で俺を見上げていた。
「あ!ごめんね!?俺のペースで走って苦しかったよね!?夢中でさ…って今の声は?」
辺りを見回すが、声をかけてきたらしい通行人は見当たらない。気のせいか?そう思い、再度、女の子を見た時だった。小さな赤い唇が確かに動いたのだ。
「お前の事だ、下僕。お前の汗で、手がヌルヌルして気持ち悪い。早く離せ。」
可憐な顔から紡ぎ出された言葉が信じられず、俺は手を繋いだまま固まった。世界が止まった気すらする。
すると、俺をみて女の子が可愛らしく首を傾げた。そして、はん!と鼻で笑うともう一度口を開いた。
「頭の悪そうな小僧だと思ったが、お前は耳まで悪かったのか?」
あぁ、神様。俺、何かしましたか?
天を仰ぎながら、そっと手を離して「ごめんなさい。」と謝ることしかできなかった。ジーザス。