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第二十四話

「大切なあの子のためだ。さぁ、ナイフを受け取ってくれるだろう?」


 岩崎は、言い聞かせる様に、静かに言った。


 俺の手は、動かなかった。


「…できない。」


 俺の声は、消えそうなくらい小さかった。


「……なんだと?」

 岩崎の目が、釣り上がった。


「だから、できない!」


 俺は、肺から思い切り息を吐き出して、思い切り声を張り上げた。


「できるわけがない!すでに、こんなに傷つけられている子供に、さらに傷を与えるのか!!」


 背後で、ぼくちゃんの体が微かに揺れた。


 先程までの自分は、しようとしていただろう。

 頭の片隅で、冷静な自分が指摘する。けれど、そんなのことは忘れてしまうくらい、俺は腹の底から怒りが込み上げてきていた。


「俺は死んでもいい。好きに利用してもらって構わない。でも、この子は母さんとは関係ない!」

 俺は、岩崎を真っ直ぐに見据えて言った。

 岩崎は、そんな俺を鼻で笑う。

「今更何を言っている。この子を殺すために、ここに連れてきたのだろう!?」

「ああ、そうだよ!…でも、でも、こんなのは間違えてる。俺が、間違っていたんだ!」


「間違えてなんかいないさ!!」


 岩崎は、高らかに言った。

「この子は間違いなく、あの男の最高傑作だ。高いIQ、整った容姿、経営者としての素質も十分にある。すべてにおいて完璧だ。その損失を受けた時のあの男の悔しがる顔が目に浮かぶ!俺が、あの子を失った悲しみも、少しは思い知るだろう。」

 そうして、俺の前にナイフを翳して、もう片方の手で俺の肩に掴みかかった。

「ほら、早く殺してしまおう!!」


「いやだ!!!」


 俺は、岩崎の手を思い切り振り払う。




 その時、ずっと黙っていたぼくちゃんが口を開いた。




「君達は、馬鹿なのか。」




 その声は、この場の誰よりも冷静だった。



「まず、岩崎。お前は馬鹿だ。大切な娘のことを、マスコミにでも売ってみろ。ある事ない事を書かれて、娘の名誉が傷つき、尊厳が失われるだけだぞ。メリットよりもデメリットの方が多すぎる。何故、お前のような男がそんな事にも気がつかない。」

 ぼくちゃんは岩崎を呆れた様に見た後、今度は俺の方に向き直った。

「そして、お前はもっと大馬鹿だ!こんな表面上の傷に絆されて、何を躊躇している!!」

 ぼくちゃんは腕を組み、俺にも負けないくらいに声を張り上げた。

「岩崎のことは関係なく、お前は、お前の思うままにやり遂げろ。僕が許す。その後の始末の仕方は、あの手紙に記しておいただろう。完全犯罪をきちんとやり遂げ、お前は生きるんだ。」

「…なんか、俺だけハードル高くない?」

 これから殺される人間にしては、あまりにも堂々とした態度に、俺は呆気にとられてしまった。


 ぼくちゃんと俺に、なんとも言えない沈黙が流れる。


 その時だった。

「…黙れ。」

 腹の底から響く様な声が聞こえた。


 岩崎が、突然立ち上がって、叫んだ。

「黙れ!黙れ!黙れ!俺には、俺には、こうすることしかできないんだ!全てをやり遂げて、俺も死ぬ!」

 その目は、もう正気ではなかった。

 どうしようもない妄想に取り憑かれた、ついさっきまでの俺と同じ目だった。

 ナイフを持った岩崎の腕が、大きく振りかぶる。

 その先には、ぼくちゃんがいた。



 岩崎の、白髪混じりの栗色の髪が大きく揺れた。



 あぁ…、母さんの髪はこの人譲りなんだな。

 


 俺は、馬鹿みたいにそんな事を思った。





 その次の瞬間、俺と岩崎は激しくぶつかり合い、俺の身体に衝撃が走った。

 俺の腹は、熱く熱を持った後、すぐに激痛へと変わっていく。


 岩崎と、目が合った。

「…ごめんね。じいちゃん。」

 思わず、俺は呟いていた。


「その目は…、あの子の………。」


 岩崎の手から力が抜け落ち、ナイフは俺の腹部に刺さったまま、赤く染まった。


 俺は立っていられず、仰向けに倒れた。



「…っ。お兄ちゃん!!!」



 ぼくちゃんの絶叫が、部屋に響いた。

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