第二十三話
「クリーンが売りな我が社の社長様の御子息が、なんと愛人の子供の手によって殺される。そして、その子供も自殺。あぁ、なんて不幸なんでしょう!こんなに舞台が整った、素晴らしいスキャンダルありますか?さぞ、マスコミが喜ぶでしょうね。」
その声は、高揚している。
岩崎は、身震いした後、無表情になった。
「そして、あの子にした仕打ちも、明るみになればいい。彼を信じ続けて、ずっと身も心も捧げていた無垢な女性を、酷く裏切った。鬼畜の所業でしょう。そんな男は、社会的に抹殺しなくては。そして、もちろんその後私の手で殺してやる。あの子が、死んだ様にね。」
「あの子…?」
俺がそう呟くと、岩崎の血走った目が見開かれた。
「私の、私の可愛い娘だ!」
岩崎は、全身を震わせて叫んだ。
「離婚した妻に親権を持っていかれ、一緒に暮らせた時間は少なかったが、それでも愛していた!誰にでも優しく、賢い子だった。幸せになるべき子だった。なのに!あの男に気に入られたばっかりに、あの子は死んだ!!」
それは、まるで、心の底からの悲鳴のように聞こえた。岩崎の姿は、涙は流していないのに、全身で泣いているように見えた。
「元妻の葬儀の日、大人になったあの子に久しぶりに会えた。その時に、あの男の話と、結婚したいと言われた。私は、どうしても認められなかった!使用人の間では、あの男の女癖の悪さは暗黙の了解だったから。なのに、お前を妊娠したとまで聞かされた!当然、堕ろせと説得したが、あの子は私の前から姿を消した。どんなに探しても、会うことは叶わなかった。」
岩崎は、そう話しながらこちらへふらりと、歩みを進めた。俺の前へ辿り着くと、ゆっくりと跪いた。
ぼくちゃんも、俺も、動けなかった。
「ようやく、ようやく見つけたと思ったんだ。けれど、もうあの子は亡くなっていた。」
岩崎はそう呟いた後、俺の手からナイフを抜き取り、俺の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「私はあの子の父親だが、あの男の息子でもあるお前は、許すことができない。」
あぁ、この人は、俺の母さんの父親なのか。
そう分かると、途端に目の前の男が哀れに見えた。
「お前さえいなければ、あの子があの男に縛り付けられることなんて、なかったのに。」
俺は、その通りだとどこか他人事のように思った。
何も言えない俺達に、岩崎が告げた。
「だから、死んでくれ。…二人とも。」
窓の向こうは、夕焼けが夜に染まっていく。
少しずつ薄暗くなり始めた部屋の中で、岩崎が手に持つナイフだけが冷たく輝いていた。