第二十一話
俺は、速水さんとの会話を思い出した。
『ねぇ、背中…。知ってる?』
その言葉の意味を、やっと理解できた。
「その身体は、どうしたの?」
俺の口から溢れた言葉は、そんな質問だった。
ぼくちゃんには、予想外の言葉だったようで、驚きで目を見開いた。そして、自分の腕や背中を覗き込む様にして、ようやく身体の痣や傷のことを思い出したかのように確認している。
「あぁ、これか。お父様は、酷くストレスを感じた日は酒を飲んだ後、僕を書斎に呼ぶんだ。躾と言って、自分のベルトを引き抜いて、僕を跪かせて気が済むまで打つ。全く、趣味が悪い。」
まるで、何でもないことのように言った。
その顔には、何の感情も浮かんでいなかった。
「でも、そのおかげで、お父様の書斎に置かれていたお前の母親の手紙と写真を見つけることができた。当然、お前が、僕の腹違いの兄であると言うことは把握済みだ。そして、お前が僕を殺す理由も理解している。大丈夫だ、問題ない。」
「…問題、だらけだよね?」
俺の言葉に、ぼくちゃんは、至極不思議そうな表情を浮かべた。何故?とでも言いたげな様子だ。
あぁ、そうか…。
この数時間、ぼくちゃんと過ごしていて、どことなく居心地が良かった理由。それは………。
「君も、心が死んでいるんだね。」
そう理解した時、何故だか俺の目頭は熱くなった。鼻がツンととして痛む。久しぶりの感覚だった。
ぼくちゃんが息をのむのが分かった。
ヒュッの空気を吸う音が、静かな部屋に伝わる。
カラン…
俺の手から、果物ナイフが滑り落ちた。
「…どうして。どうして、お前がそんな顔をしている。」
ぼくちゃんが、戸惑っている。
そんな事を言われても、俺は今、自分がどんな顔をしているのか分からなかった。
「何をしている?早く、そのナイフを拾え!軽量型の小型ナイフだが、小学生の首を掻き切るくらいできるだろう。それに、僕の胸板は、まだ薄い。そのナイフ程度の長さでも、深く差し込めば、心臓に達することもできるだろう!?」
慌てた様に、ぼくちゃんが捲し立てた。
でも、俺の身体は動かなかった。力が抜けて、その場に膝をついてしまう。
すると、ぼくちゃんがすばやくナイフを拾った。
そして、俺の手を取り、無理矢理ナイフを握らせようとしてくる。
「おい!しっかりしろ。お前ならできる!」
「…何の、励ましなの?」
もう、全てがどうでも良くなって天を仰いだ。
その時だった。
「その通りです。」
突然、部屋に男の声が響いた。
ぼくちゃんと俺が振り返ると、細身のスーツを来た老人がドアの向こうに立っていた。
「ここでやめてもらっては、非常に困る。貴方には、ここで彼を殺して頂かないといけない。」