第十七話
学校では完璧だけど平凡な優等生。
家では手のかからない優秀な息子。
それが、俺の存在意義だった。
「きっと、お父さんも認めてくれるわ。」
母さんは、ずいぶんとやつれてしまったが、お父さんの話をする時だけは生き生きとしていた。
「もちろんだよ。母さん。」
俺は、ニッコリと笑って、母さんが望む言葉を返す。
本当は、お父さんなんてどうでも良かった。
ただ、俺は母さんに認めてもらえれば、それだけで良かったのだ。
中学校3年生になり、進路を選択する時だった。
「お父さんの通っていた高等学校にしなさい。」
うちにはお金がないため、就職も考えていた俺に、母さんが突然言い出した。
「母さん。あそこは私立だろう?そんなお金、うちにはないよ。」
俺がそう答えると、母さんは俺の頬を叩いた。
パン!
乾いた音が、部屋に響いた。
頬は熱を持ってジンジンと痛んだが、久しぶりに母さんに触れてもらえたな、と頭の隅で思った。
母さんは、赤くなった俺の頬を愛おしそうに、ゆっくりとなでながら、さも当然のように告げた。
「何言ってるのよ、誠ちゃん。あそこは特待生制度があるでしょう?学費は免除よ。だって、お父さんだって、すごく優秀で特待生だったんだから。」
ニッコリと母さんが笑った。
「誠ちゃんも、特待生になれるわよね?」
俺は、その日から朝から晩まで勉強漬けになった。言葉通り、とにかく勉強をした。寝る時間も食事の時間も惜しみ、全てを受験に注いだ。
そして、入試試験を終えた日、俺は倒れた。
久しぶりに喘息の発作が出たのだ。
栄養失調と過労と診断され、入院した。
母さんは、見舞いには来なかった。
入院と退院する時は、どうしても保護者が必要になり、トキさんにきてもらった。母さんの連絡先は、俺は知らなかったのだ。入院費も、トキさんが立て替えてくれた。
「いいんだよ、まだ子供なんだから大人に甘えなさい。まだまだ、子供でいることを楽しまなくちゃ。」
どうしても費用を返したいと言う俺に、トキさんは「出世払いでね。」なんて言ってお茶目に笑った。
無事に退院して家に帰った。アパートの扉を開けて、中へ入ると母さんが立っていた。
「おかえり!誠ちゃん。」
振り返った母さんの顔は、笑顔だった。
その手には、真新しい制服が握られてた。
「合格、おめでとう!」
よく頑張ったわね。そう言って母さんは、俺を抱きしめてくれた。俺はもう、何も感じなかった。
ただ、安堵した。
これで、母さんがまた幸せになれる。
そう心から思っていた。
けれど、母さんは幸せにはなれなかった。