第十四話
「今日は、本当に驚いたよ。だって、誘拐しようとしていた子が、目の前で誘拐されちゃうんだもの。」
俺はニッコリ笑ってお守りを取り出した。銀色に鈍く光り、ひんやりと手に馴染むそれは、折り畳みの果物ナイフだった。大切な大切な母さんとの思い出がつまった形見だ。
「ねぇ、ぼくちゃん。悪いお兄さんに捕まっちゃって、どうする?」
ぼくちゃんは、一切俺から視線を外さずに表情ひとつ動かさなかった。
「怖くないの?」
変化のないぼくちゃんがつまらなくて質問した。ぼくちゃんは、はん!と鼻で笑うと、少し呆れたように言った。
「お守りと言っていたが、それにしてはポケットの不自然な膨らみ方、重さによるシワの様子で、一般的なお守りではないことは分かっていた。お前は二度尻餅をついた時や男達と対峙した時、無意識だろうがそのポケットを押さえていた。だから、護身に使えるような何かしらの物が入っていることは容易く想像できた。」
「わぁ、よく見ていたね。すごいね、ぼくちゃん。」
「そもそも、お前はあの公園に一人でいたのに、アイスの入ったレジ袋をぶら下げていたな。おそらく、僕を誘うためだろう。バカが考えそうな単純な方法だ。」
「あちゃー、バレてたの?美味しいアイスがあれば、小学生なんて簡単に釣れるかなぁ〜って思ってたんだけど。ふふ。」
コツンと頭をこづいて見せると、ぼくちゃんは嫌そうに顔をしかめた。あぁ、そんな顔しないでよ。
「車に連れ込まれそうな君の涙を見た時、たまらなくなって体が動いちゃったんだ。その綺麗な瞳を、血に染めたらどうなるだろうって。」
ぞくぞくしちゃうよね。そう言うと、ぼくちゃんの顔はますます歪んだ。
「でもさ?じゃあ俺の事、ずっと怪しいお兄さんだと思ってたの?あんなに優しくしてあげたのに。」
少し不服だよって分かるように頬を膨らませて尋ねると、ぼくちゃんは少し考えて頷いた。
「お前はあの短い間だけで、あれだけ人に声を掛けられるほど交友関係が広い。だが、お前の対応には一貫性がなかった。」
「一貫性?」
「話し方、しぐさ、表情…。僅かにだが、人によって変えていただろう。自分がどう見えるのか、さりげなく印象操作していた。そんな事は、普通の高校生はしないんだよ。」
「…そんな分析、普通の小学生もしないけどね。」
そう言って、苦笑いしてしまった。全くこの子は、どこまで分かっているのか。
「お前は、嘘つきだ。人や状況に合わせて、息をするように嘘をついている。そんな人間は信用できない。」
ぼくちゃんの声は凛としていた。
「そうだね。信用できないね。」
ため息をひとつした後、語りかける。
「でもね、お兄ちゃんって呼んでって言ったのは嘘じゃないよ?だって俺、君のお兄ちゃんだもの。」
一度も呼んでくれなかったけどね。
ニッコリ笑って言葉を紡いだ。
「ねぇ?俺も自分の名前が嫌いなんだ。誠実を司ると書いて、誠司。きっと君と同じ理由だよ、櫻葉誠くん。」
ぼくちゃんは、もう何も答えなかった。