第十三話
しばらく歩いていると、俺のアパートに着いた。
なんの変哲もない、よくある二階建ての小さなアパートだ。俺の部屋は、階段を上がって一番端の角部屋だった。階段を上がろうとすると、ちょうど大家のトキさんが部屋から出てきたところだった。
「あら、おかえりなさい。しーくん。」
「ただいま、トキさん。」
トキさんはとても穏やかなおばあちゃんだ。足を痛めているため、一階の部屋に住んでいる。
「しーくんと、話がしたかったのよ。お部屋のことなんだけど…。」
そこまで言って、トキさんの視線がぼくちゃんに向いた。ああ、今は会いたくなかったな。
「あら!可愛いお嬢さんだこと!」
トキさんが手を叩いて喜んだ。
面倒だと思いつつ、笑って答えた。
「友達の、妹なんだ。友達が塾の間に少しだけ預かることになってね。」
「そうなのね!それならこの話はまた明日にしましょう。ゆっくりしていってね〜。」
そう言うと、トキさんはヒラヒラと手を振って俺達を見送ってくれた。ぼくちゃんは、トキさんにお辞儀をした後、階段を登ってついてくる。
「はい、どうぞ。入って。」
部屋に着いて扉を開けて、ぼくちゃんを招き入れる。中へ入ると、ようやく落ち着くことができた。
靴を脱ぎながら、ぼくちゃんに声をかける。
「ぼくちゃんも靴を脱いで上がっておいで。今着替えるから、ソファーに座って待っててよ。」
ぼくちゃんを、ソファーまで誘導する。
ぼくちゃんは、立ったまま部屋をぐるりと見回している。目線は、ドアの前で止まった。
「あ、そこは寝室だから。恥ずかしいから、見ちゃ駄目だよ。」
そう言い残すと、俺はぼくちゃんに背を向けてネクタイを緩め始めた。ようやく家に帰れたことで、気分が良く鼻歌まで歌ってしまいそうだ。
「ねぇ。」
不意に、ぼくちゃんの声が少し遠くで響いた。
振り返ると、寝室のドアが開いていて、ぼくちゃんの姿が見えなくなっている。入ったな。
ため息をひとつして、寝室を覗き込んだ。
「こら、ここは見ちゃ駄目って…。」
「ねぇ。」
「なに?」
ぼくちゃんは、静かに振り返って俺を見上げた。
「どうして、僕と僕のお父様の写真があるの?」
真っ直ぐとこちらを射抜くように向けられた視線は、ハッキリと俺を捉えていた。夕焼けが窓から差し込んで、ぼくちゃんの顔を真っ赤に染めた。
まるで、血みたいだ。
ぼくちゃんも、その背後にある壁に貼った二枚の写真も、どこまでも赤く赤く染まっている。
ぼくちゃんが首を傾げた。
無意識に口角が上がってしまっていたようだ。自分の口元を左手で押さえながら、ゆっくりと瞬きした後、ぼくちゃんと視線を絡ませた。
「だから、言ったでしょう?突然、話しかけて来る人や優しそうに見える人は要注意だよって。」
俺は嬉しくなって、ポケットのお守りをゆっくりと撫でた。