第31話 半分
一夜が張った網が、鮮やかな青と赤の色を放つ。
その網が一夜の指の動きに従い、来贅に絡み付いた。
「……ほう……成程な……」
関心するように唸る来贅。全身に張り付くように巻きついた網は、まるで奴の体中の血管を見せているようだった。
来贅は、その網に触れるか触れないかの位置で手を止めた。
「切れば……止まる……か」
そう言いながらも、奴が怯む様子はなかった。
その様子に不安になったのか、一夜の目線が俺に向いた。
「……迷うな、一夜。圭の心臓は、お前の中だろ」
俺の言葉に一夜は頷く。
「取り戻すぞ、一夜。そして止めるんだ。この連鎖を。あいつがいる限り、人の命は道具以下だ」
「はい、止めます。止めて、取り戻します」
一夜の指が再度、動きを見せる。足元に描かれた円に手をつき、円を掴む。
空気の流れが圧を掛け、白い光がうっすらと霧のように辺りを包んだ。
「あ……」
小さくも驚いた声をあげたのは一夜だった。
「……来たね」
俺の側に来た差綺が、霧のように広がる光を見ながらそう呟いた。
「……ああ。だが……」
「分かってる。だから……任せておいて。時は戻せない。それなら同じ状況を作ればいい。そこには同じ条件が揃っているから……もう一度やるなら、掴めなかったものも掴む事が出来る可能性は高くなる……それは一度、認識した事だから、知識になっているからね。そうでしょう? 貴桐さん」
「……ああ」
『ハズレ』
一夜の頭を踏みつけて奴は言った。
来贅にしても、一夜が『宿』であると思った事だろう。
だが、それは来贅の思うものではなかった。
自分が宿だと気づいていなかった一夜だ、奪われたとしても気づきはしなかっただろう。
圭が一夜から『彼』を呼び出しても気づかなかったように。
自分の知らないところで、自分にあるはずの力が使われる。
その力がどう使われようとも……知らないまま。
問題なのは分離された圭だが……気づかなくても、気づかせる事は出来る。
それを知っている者がいる限り。
だから……。
「……ハズレじゃないんだよ、来贅」
白い光が薄くなるのを見ながら、俺は呟いた。
その中から一人の姿が現れる。
…… 一夜。残りの半分は、圭が持っている。
光が消えると、その姿をはっきりと見る事が出来た。
「……来るぞ、咲耶、差綺」
「はい。任せて下さい」
「うん、丹敷は僕に任せて」
「頼んだぞ」
「おい……なんで俺には何も言わねえんだよ?」
「お前は黙って差綺と一緒にいろ」
「あ? 俺だってなあっ……!」
「いいから、ね? 丹敷。君は、僕がいないとただの……」
「差綺……それ以上は……丹敷が気の毒……」
そうは言いながらも笑ってしまうが。
「なに、笑ってんだよっ! 貴桐っ!」
「丹敷、貴桐さんの邪魔にならないように」
「え……咲耶さんも俺の事……そんなふうに思ってんの……?」
肩を落とす丹敷だったが、まあ……基本、単純だからな。
「……圭……」
一夜の懐かしむ声が流れた。
「一夜……」
穏やかな笑みを見せる圭に、思いが込み上げた一夜が圭に近づく。
一夜へと伸ばす圭の手を、一夜が掴もうと手を伸ばす。
やはり……こっちか。
「自分から……来ないね。一夜を誘導しているみたい。貴桐さん、僕、先に行くね」
「ああ」
一夜の手が、圭の手を掴んだ。
その瞬間に、空間を裂く程の爆発音が響き渡る。
望むものを掴む為には。
「……け……い……」
吹き飛ばされて、地に倒れた一夜の頭を、圭の足が踏みつけた。
「半分……ではな。ふん……これも『ハズレ』か。残念だな」
望まないものを掴む。