第30話 決断
「返して欲しいと言うから、返してやろう。その内臓……全て、な……また一つ……叶ったな……? 貴桐」
クスリと笑みを漏らす来贅の目が、ちらりと差綺に向いた。
「……叶った……だと……お前……」
睨む俺を平然と見つめながら、来贅はまた笑みを漏らした。
そして、来贅の目が一夜を見ると、誘うように手を伸ばす。
「お前もこちらへ来るか? 始まりから始めると言うなら、もう一度、こちらに来ればいい。なに、一度、塔から出た事を裏切りだと思うなら気にするな。貴桐……そうしたらそうだな……」
来贅の目がまた俺に向いた。
「望む事……全て、思いのまま、だ」
俺は、舌打ちをすると、足を地にそっと滑らせる。
俺の動きを目で追う来贅の表情が、冷ややかに変わると俺に言った。
「無駄な足掻きはやめておけ。お前が動けば動く程、犠牲が増えるという事が分からないのか」
来贅の足元で、もがく影。来贅の中から掴んだ内臓を、どうにか取り込もうと掴み続ける。
その様子を冷めた目で見る来贅の足が、地で蠢いたままの影を、内臓ごと踏み付けた。
影と共に潰れた内臓が、血を交えて飛び散り、来贅を染めた。
それでも奴は、顔についた血を拭う事なく、変わらずの冷ややかな目を俺に向ける。
「貴桐……折角、塔の中を知る機会を与えてやったというのにな。まだよく理解していないようだから、初めから説明してやろう。全てのペイシェントを抱える塔は、生と死が集う場所だ。もう生きられないと治る事などなくとも、その中にはまだ使えるものも残っている。最終的にその心臓が鼓動を止めるまで、生は保障される。だから集めるんだよ……使える臓器をな。無駄のない使い方だろう?」
「……ふざけるな……治療以前に選んで、物同然の使い捨てだろ……そこで生が決まるのは、もう少し待てば使えるようになるかどうかだけだ。お前の必要な部分をだ……!」
「ああ……なんだ。全く無知ではなかったようだな。だがそれでどうする? 策でもあるのか? 塔に集められたペイシェントの数は、お前も見て来ただろう。いくらでもあるんだよ、いくらでも。今、お前たちがこうしている間にも……いくらでも、な……」
「……来贅……」
俺は、グッと手を握り締めた。
……返す気などある訳がない。奴が手にした命は、奴の自由だ。
それでもせめて、無念を晴らせればと、弔う側もその思いを募らせる。
そして、奴が続けた言葉に俺は、その為の代償を覚悟する。
「お前が私から奪えば奪う程、その数は増える。それでいいのなら、奪え」
「…… 一夜。張れるか」
俺は、来贅を見据えたまま、小声で言った。
「はい」
一夜は、直ぐに返事をした。
「じゃあ……行くぞ」
俺は、一度止めた足を動かし、地に滑らせた。
同時に一夜の手が動き、胸元をそっと触れると、その手で地面に触れる。
一夜の目が来贅を睨むと、一夜は口を開いた。
「心臓はそれ自身で動く事が出来る。……最終的にその鼓動が止まるまで……か。だけど来贅、お前は大事な事を忘れているよ」
呪術医の使う呪術は、人体に特化する。
一夜が触れた地面に、青と赤の線が網のように描かれ、来贅へと伸びた。
一夜の指が網を操る。
そして、一夜は言った。強い目を来贅に向けて。
「その心臓の役割には『血液』が必要だ。だから……その『元』を奪ってやる」
…… 一夜。お前の『思うがまま』に動け。
その代償は、俺が払う。