第29話 中身
「半分……か」
一夜を見る来贅はそう言うと、嘲笑するように笑った。
半分になるだろうと俺も差綺も思ってはいたが、その思いは来贅とは違う。
その思いの違いが、どう影響してくるか、来贅……お前には分からないだろうな……。
一夜が掴んだ網は、地に刻まれるように円を描いていた。その上に一夜が立っている。
半分……それは、その姿が示している。
左側だけ伸びた髪。その半分は『彼』そのものだ。
一夜の変化した姿を見る侯和と紗良は、驚きを声に漏らした。
「……侯和さん、紗良さんと下がっていて下さい」
二人にそう声を掛けた一夜に、一夜が来贅と闘う事を決めたと分かる。
一夜に流れ込んだ光が、その力を結びつけた事だろう。
「咲耶」
俺は、咲耶に二人を守れと合図する。
咲耶は頷くと、等為と可鞍に侯和と紗良の守護に回れと命じた。
宿木が倒れた時に、宿木に集まった光の粒が地で跳ね返り、光っていた。
俺は、足先を地にそっと滑らせる。
地に跳ね返っていた光を奪うように流れる風に、俺は手を伸ばした。
風が、光を連れて俺の手元を追う。
手に光が集まると、俺はその手を地面に叩きつけた。
バリッと裂けるような音を立てて地面が割れると、地から無数の手の影が来贅へと伸びる。
この地に倒れた呪術師たち。
その姿も……何もかも持っていかれた。
奴の中に取り込まれたのは、一瞬の事で。人の体を飲み込む程の力など、それまで見た事などなかった。
何が起こったのかを把握するのに多少の時間は掛かったが、その悔しさを表すのには時間は掛からなかった。
だから今こそ……。
「晴らせ」
俺は、地から伸びた影にそう告げた。
影は来贅を追って伸び続ける。
来贅は追って来る影を交わして行くが、影は執拗に追い続ける。
……当然だ。返して貰うぞ。
だが奴は、容易に影を交わし続ける。俺も影と共に来贅を追った。
「一度、私の中に落ちた者が、捕まえられると思うか? 闘う術のないただの呪術師共に」
「逃げ切れるならな」
「逃しません」
咲耶が来贅の後ろに回った。
左には差綺、右には丹敷が立ちはだかり、四方を囲まれた来贅が足を止める。
いや……動けなくなったんだ。
俺は、一夜へと目線を向ける。
一夜の周りに描かれた円が光を放っている。一夜と目が合うと、俺の動きに合わせるように一夜が動いた。
俺が放つ光と一夜の放った光が絡み合い、来贅をその場に拘束する。
俺と一夜は、来贅に近づいた。
来贅の目が俺に向く。
「……良かったな……貴桐……」
来贅の足元を掴んだ影と光が、来贅の体を這う。ぐるりと縄のように絡み付くと、強い力で来贅を締め上げた。
手を伸ばすように伸びる影が、来贅の中へと潜り込もうとする。
来贅は、苦しさに顔を歪め、ゴホッと咳き込んだ。
だが……。
「ふふ……」
顔を伏せたままで来贅が笑った。
こいつ……また……。
「ふふ……」
来贅に潜り込もうとした影が、どろりと溶け始め、ポタリと雫を落とし、地に落ちていく。
地に落ちてもまた手を伸ばすように動く影が、来贅の体から何かを掴むと、泣き叫ぶような悲鳴をあげて、地をばたついた。
「来贅……お前……」
顔を上げた来贅は、ニヤリと笑ってこう言った。
「返して欲しいと言うから、返してやろう。その内臓……全て、な。だが……元には戻れないだろう……残念だな」