第26話 宿命
「宿木だ」
一夜と侯和の驚いた表情に、俺と差綺は目線を合わせ、クスリと静かに笑った。
宿木を宿す大木は、ジジイの家の窓からよく見えた。
来贅に倒され、失った宿木。
掬おうとするその光さえも、バラバラに弾けて飛び散った。
だが……。
俺は今、それを間近に見ている。
……ジジイ。戻って来たぞ。
宿木を見上げる俺の元に、咲耶と差綺、丹敷、等為と可鞍も片膝をついて頭を下げた。
「受け継がれる悪しき連鎖……今こそ断ち切るべきです」
咲耶は、そう口を開き、更に言葉を続ける。
「森の主は戻られました。ここに主がいる事に、宿木の枝を折る事は許しません。もしも枝を折り、我等が主、行嘉貴桐に挑む者が現れた時には、宿木全てを切り倒し、坏を落とします」
月の光が宿木へと降り注ぐ。宿木はその光を受け止めて、坏を満たす。
坏が満ちれば、溢れて流れ落ち、そのまま見過ごせば地に沈んでいく。
俺は、目の前にいる咲耶たちに向けて、言葉を発した。
「宿木の枝を折り、挑む者が現れた時には坏を落とそう。だが俺は……俺自身が坏となり、全てを尽くす」
この身を呈しても守り抜くという覚悟。
それは、ここにいる俺たちの『宿命』だ。
俺は、一夜に近づき、ここで起きた事を話し始めた。
その記憶はまだ繋がらない事だろう。
だが一夜……お前なら分かるはずだ。
俺たちの元に助けを求めて来たあの時……お前は、既に干渉していたのだから。
一部始終を話し終えると、俺は宿木へと向かって木を登り始めた。
その様子を皆が見守るように見ていた。
宿木の枝が手に届くと、俺は躊躇いもなくその枝を折る。
折れた瞬間に思わず笑みが漏れた。
……ジジイ。
まだ俺がジジイの後を継ぐべきだと言ってくれているんだな……そう思った。
……坏は満ちた。
宿木から光の粒が舞うように落ち始めた。
俺は、その光を掬おうと、手を伸ばした。
光の粒が俺の手元を追うように集まって来る。
……あの時と同じだ。
ジジイから『主』の座を受け継ぐ時に、宿木の枝を折った。
雨の雫が飛ぶように光の粒が弾け、目の前で踊るように揺れる光は、俺の手元を追った。
それが今、再び起きている。
弾けた光の粒は、地に沈む事なく、俺の元に集まって来る。
俺は、その光を纏って地へと下りた。
同時に宿木に満ちた光が零れるように降り落ち、数を増して滝のように流れ始め、俺の体の周りをグルグルと回り出した。
俺が体の周りを回る光にそっと手を触れると、パチッと軽い音を弾けさせ、白い光が霧のように広がった。
「一夜」
俺は、一夜へと手を伸ばした。
一夜は、不思議そうな顔で俺を見る。
圭を助けたいという思いは、あの時も今も変わっていない。
だからお前は、圭を助けられる力を手にしなくてはならない。
差綺が俺に言った言葉と同じように。
『僕じゃなきゃダメだって言ってよ』
圭を助けるのは、お前じゃなくちゃダメなんだよ、一夜。
不思議そうな顔を見せたままの一夜に差綺が近づき、一夜の背後から両肩をポンと叩いた。
「行って、一夜」
差綺は、診療所の奥庭にある大木に、網を張り続けていた。
一夜に繋がるようにと。
一夜の背中を押しながら、差綺が言った。
「末端まで、ちゃんと巡らせたでしょう? だから……行って。今の一夜なら……超えられるから」