第24話 約束
事故に遭った時と……塔が出来たのが同じ頃……。
診療簿に目を通していると、侯和が入って来た。
「貴桐……なんだよ……急に出て行ったりして……」
「ああ、侯和。これを見てくれ」
「診療簿……? 誰の?」
「一夜のだ。事故に遭ったのは、一夜の両親だよな?」
「ああ、その話を聞いたのは、俺が呪術医になってからだが……」
手にした診療簿に目を向ける侯和は、何度か見返している。
「使った呪術は、神秘性が強く、生死を選択出来るもの……そう言ったな」
「……ああ」
侯和は、目線を診療簿に落としながら頷いた。
その目は、ある箇所を見たまま動かない。
俺は、そんな侯和に目線を向けて問う。
「誰が生死の境にいたって? その呪術を使った相手は一夜だろ」
「……ああ、そうだ。その呪術は子供に使ったと聞いた……だからそうだよ…… 一夜なんだよ……ここに書かれているように」
「反魂って知っているか?」
「反魂……?」
俺のその言葉に、ようやく侯和が目線を変えた。
俺に向けられるその目線は、答えを待っている。
「死者を生き返らせる呪術だ」
「……死者を……生き返らせる……? そんな事、本当に可能なのか?」
「可能性は低いだろうな。俺たち呪術師でも、その術は使わない。塔で言うなら、そこに使う『材料』は『骨』だからな」
「骨……塔なら生きている者の内臓って事だよな……」
「ああ。だが、俺がここで言いたいのは、その前の段階だ」
「前の段階? なんだよ……それ……」
「なあ……塔で死者を見送っただろ」
「ああ」
「病を患っていたとしても、その死期は本当にその日だったと思うか?」
「……思う訳ないだろ……何故、そうなるのか、それは何度も目にして来ただろう」
「ああ、そうだよ。それが臓器と共に『気』を入れ替えているって事だ」
「気を……入れ替える?」
「分かり易く言えば、死期を入れ替えるって事だよ」
その言葉に侯和は、小さく息を飲んだ。
俺は、言葉を続ける。
「七日の命も変えられる術がある。『身代わり』を立てさえすれば、気を入れ替え、生き永らえる事が出来る……だが……当然、身代わりになった者は『七日の命』」
「身代わり……身代わり?」
「ああ、身代わりだ。そしてその後の方法は反魂だ」
「生き返らせるって……言うのか……? だが、それは可能性が低いって……貴桐、お前だってそれは使わない呪術なんだろ……?」
「例え成功したとして……使ってどうなる……」
「貴桐……?」
俺と侯和の目線が真っ直ぐに合った。
少しの間を置いて、俺は口を開いた。
「全く同じ人間が作れると思うか? 姿は似せられても、その思考も、その記憶も、何もかも一つも違わずに」
そう言った俺に侯和は、言葉を返さなかった。その表情を見れば、同意は分かった。
そして、その言葉の中に意味した事にも気づいた事だろう。
俺は、侯和の手元から、診療簿を取る。
侯和が見ていたところに目線を落としながら、俺は言葉を続けた。
「……もし……生き返らせる事が出来たとして、その者が自分を忘れていたらどう思う?」
「それが……塔の……来贅の目的だという事なんだろ……?」
「『大丈夫』『心配するな』限界を知った呪術医は、その言葉を二度と使わない……」
俺は、侯和が言った言葉を口にした。
「何故だ? 何故、使わない?」
「……貴桐……」
俺だって分かっている。勿論、侯和も。
……その言葉は。
果たされるまで、呪縛のように付き纏う。
俺は、侯和を真っ直ぐに見たまま、答えた。
「『約束』になるからだろ」