第21話 烙印
一夜のところに呪術医が訪ねて来ていた。
流行り病の時に、この診療所の扉を開けるに至って、塔の目を誤魔化す為に名を借りた呪術医の娘だそうだ。
少しずつではあったが、それでも塔に属さない呪術医たちが、自分たちに出来る事を見つけようとしている事は、俺たちにとって朗報だった。
別室で一夜と彼女が話をしている中、俺に食って掛かる丹敷の声が響いた。
「貴桐っ……! 俺は、聞いてねえからな!」
「当たり前の事を言うなよ、丹敷。お前に言ってねえんだから、お前が知っている訳ねえだろ」
「なに突然、姿消してんだよ? しかも『彼』とそっくりな奴がいるなんて、なんで黙ってたんだよ?」
「あ? 来贅の犬同然だったお前に、言ってどうなんの? 中階までは行ったはいいが、それ以上、上に行けねえじゃねえか。大口叩く割に、役立たずなんだよ」
……なんか、疲れるな。
俺は、ソファーに寝転がりながら遇らっていたが、丹敷の怒りはおさまらない。
「貴桐ぃっ……! お前なんか、上に行こうともしなかったじゃねえかっ!」
「俺は医術に興味はない。キャンキャン吠えるな。耳障りだ」
「お前なあっ……!」
「客が来ている。少し黙れ」
「あ……」
部屋の前を過ぎ行く足音が聞こえた。
一夜と彼女が外に出て行ったのが扉の音で分かった。
差綺のところに行くのだろう。
庭の奥にある大木が、俺たちがいつも見ていた宿木を思わせる。
差綺にもそれは同じに感じたようで、その木に登る事が懐かしいようだった。
まあ……あいつの場合、その為だけではないだろうが……。
「お前……『彼』が一夜に似ているって言わなかったな。『彼』とそっくりな奴がいる……その言い方……伝えたい事があるんだろ。やはり情報は……」
「ああ……だから来たんだよ。お前だって知っているだろ。塔に属さない呪術医の存在、『先生』と呼ばれる『彼』の存在は、塔に来るペイシェントは見る顔だ。何処からどう情報が入るか……決まっているだろ」
「そうだな……」
「あの塔一つだけで全てのペイシェントを診る事など不可能だ。お前は俺よりもずっと見て来ただろ」
「待ち時間の長さ……か」
「ああ。耐えられないんだよ……座っていられない、体を起こしている事自体が苦痛なんだ」
「ペイシェントさえ見定めているんだよ。助かる術は塔にしかない……そんな極限状態が思考をコントロールする」
「それだけじゃない。そんな状態のペイシェントが、待ち時間に耐えられず、流行り病の時に扉を開けた呪術医の元に行った結果が、状況を更に悪化させたんだ」
「丹敷……」
それは……丹敷自身が一番よく分かっている思いだ。
塔に入らない呪術医は、使うものも限られている。
限界に近づいてしまったペイシェントを何処まで支える事が出来るか……呪術医の能力だけの問題でもなくなるだろうが。
「『出来る限りの事はする』……この言葉は、もう助からないんじゃないかと感じているペイシェントには重い。塔があれ程までに存在が大きくなれば、塔に入らなかった呪術医のその言葉は、呪術医失格の烙印を押されるのと同じなんだよ。役に立たない呪術医が、扉を開けているってな……」
「新たに塔に入った呪術医は、その烙印から逃れる為でもあったって訳か」
「ああ」
「丹敷……お前……」
俺は、真顔で丹敷を見る。
「なんだよ……?」
そんな俺の表情に、怪訝な顔を見せる丹敷。
その後、ニヤリと笑みを見せながら言った俺の言葉に、丹敷は馬鹿にすんなと笑った。
「意外に役に立ってるな?」