第16話 緩和
「圭の中にある心臓……あなたのですね……?」
一夜の言葉に来贅はクスリと笑みを漏らす。
そして、来贅が口をつく言葉は、新たな選択を迫ろうとしていた。
「私を殺すなら……ケイを殺すといい。君に……それが出来るかな……?」
来贅を倒すなら、その元となるものを潰せばいい。
だが、その元となるものは、守りたいと思う者の中にある。
「言っておくが……心臓一つあれば助かると思うなよ」
来贅は、丹敷の心臓に目を向けながら、言葉を続けた。
「最終的に鼓動が止まれば、死となる……だが、それまでに他の臓器や血液……そこを患えばやがて辿り着くのがこの動きの停止……それを回避する為の手段に何を使えば、これは動きを維持出来るだろうか。薬も効かない、治療を続けても治る事はない。その間に起こる苦痛を止める事は、より大きな苦痛を伴う。精神的な苦痛をな。いつ死ぬとも知れない恐怖と、痛みに耐える苦しみは、一時的な緩和で補えると思うか?」
「何が……言いたいんですか……?」
一夜は、怪訝な顔を見せながら、来贅に問う。
「一時的な緩和でしかないと知ったと同時に、先は短いと知る事になる。それで納得がいくか? 治らないものは、治らないんだよ」
吐き捨てるようにも言った言葉。
それは、来贅が何度も口にする言葉を肯定させる。
必要なものと……不要なもの。
……見切りをつけるという事だ。
来贅は言葉を続ける。
「皆……本心はこう思っているんじゃないのか。全ての臓器を取り替えて、新たに作り直す事が出来たなら、苦痛に耐える治療も、いつ死ぬとも知れない恐怖も全て取り払えると。勿論……『器』はそのままで、な……」
来贅の口元がニヤリと歪む。
「……だから……『順番待ち』は、終わりにしようか」
そう呟いた来贅の手に力が籠った。
「やめろ……」
何の選択も出来ない。
無理に取り戻しても、そのまま……来贅の手にさせたままでも。
来贅は、いつも選択肢を与えても、その選択の利点は来贅にある。
「……もう……十分だ」
「丹敷……」
一夜と侯和の力で繋ぎ止められた丹敷の体。丹敷は、ゆっくりとした足取りで、来贅の前に立った。
「……行くな……丹敷」
「それは言うなよ……貴桐。あれからこれまでの俺の時間……後悔だけになっちまうだろ。あの時だって……俺は、お前のその言葉に頷く事は出来なかったんだからな」
『俺は塔に入る』
『行くな……』
丹敷の手が、来贅の持つ心臓へと伸びる。
自分の手で取り戻そうとすれば、その命が途絶えても、誰にも責任はないとでもいうつもりか。
自分で決めた選択だと、そう納得するつもりかよ。
来贅がそう簡単に元に戻す訳がない。
それを手にすれば……望まないものを掴む事になる。
「……死にたくないと……思っていた。だが……どうせ死ぬなら……最後の奇跡くらい……願ってみようかと思った……」
丹敷が心臓を掴むと、カッと光が弾けた。
来贅がニヤリと笑みを見せる。
来贅の手元から心臓が消えると同時に、丹敷が血を吐いて倒れた。
一夜と侯和が慌ただしく動き出す。
丹敷の首元に戻したはずの印が消えたからだ。
その印をまた作り出せば、丹敷は再度、繋ぎ止められる……そう思ってくれたのだろう。
……差綺。
届いているか?
お前を取り戻そうと、丹敷は必死だ。
来贅の中に取り込まれたお前に近づく為に、その思いを飛び込ませたんだ。
『心臓に『心』ってあると思うか?』
重なれば……取り戻せると思ったのだろう。
「……差綺」
俺は、念じるようにその名を口にした。
丹敷にしたって、差綺がいてくれれば、存在しているのと同じだと言っているんだよ。
だが……望まないものを掴む者の裏側には……。
丹敷を助けようと、一夜と侯和が再度、印を作り出そうとする中に声が流れた。
「何度作り出しても同じさ。時間が経てば、作り物は消える。心臓が戻ったから、その速度は速い。本物の印、投げちゃったし。その毒……薬じゃ消えないよ。繰り返すだけ」
望むものを掴む者がいる。