第13話 反撃
一夜が抱えた感情は、一夜を乱した事だろう。
それでも一夜は、それを表す事はなく、無表情だった。
そして『彼』を真似る一夜は、丹敷にこう訊いた。
「あなたは……僕の名を知っていますか」
その言葉に、丹敷は困惑した表情を見せた。
言葉を返せない丹敷に、俺は声を掛ける。
「最初から……そのつもりだったって訳じゃねえだろ……? 丹敷……俺の生死なんかお前以外どうでもいいと思ってる……? そんな訳ねえだろ……生きているなら、お前の手で殺しておきたかった? 他の誰かの手に掛かるよりは、お前にとっては弔いにもなるか? そうやって馬鹿を貫いていろよ」
「……やめろ」
……気づいていたか。
「お前……見て見ぬ振りしたじゃねえか……こんな目立つ髪色の、見た顔に。ずっと俺の近くにいたんだぞ……目に入っていない訳ねえだろ……もういいよ、丹敷。それが逆にお前を追い詰める事になったんだ、つまらない情など俺はいらない」
丹敷の表情が強張っていく。
「まあいいや……お前にはお前の立場があるんだもんな……」
「やめろっ! 貴桐! やめろ……それ以上、余計な事を口にするな」
少しずつ震え始める丹敷に、その時を察する。
「……知っていますよ」
一夜の問いに答える声。その姿がスウッと浮かび上がる。
やぱり……来ていたか。
「……来贅」
一夜を見ていた目線が、ちらりと俺を見た。
丹敷の表情が恐怖さえ見せる。
俺は、丹敷がそこまで来贅に恐怖を感じている事に、眉を顰めた。
「……何故……ここにいらしたんですか……」
恐る恐るもそう口にした丹敷を、来贅は睨む。
「何故? 私が信用するのは呪術そのものだけであって、術師ではない。私の疑念を払うなら、私の目の前でやって貰おうか。お前たちの得意な小細工は無しだ」
俺に向けられる、来贅の不敵な目。
来贅に怯えるような丹敷をちらりと見る俺は、小さく溜息を漏らした。
来贅は、ふっと鼻で笑うと、俺と一夜を交互に見て、言葉を吐く。
「まあいい。一族の無念を晴らす隙は見えたか? お前自身ではなく、お前のその隣にいる……彼のお陰で……?」
そして、俺を嘲笑するような目を向けると、言葉を続けた。
その言葉は、俺の力量は、初めから分かりきっていた事だと示しているようだった。
「私が何も知らないとでも思っているのか、貴桐……お前が本当に欲しかったもの……流石に心臓までは差し出せなかったようだな」
「……黙れ」
「だが……お前の望む奇跡など……起こると思うか……?」
来贅は、クスリと笑みを漏らすと、一夜をそっと指差した。
「ケイは……そこか」
圭の心臓を追って来たのか……。
丹敷がギュッと目を閉じた。その仕草に、丹敷がそれを隠そうとしていた事に気づいた。
……丹敷……お前……。
「だが……使えるとは……思えんな……」
来贅は、ゆっくりと手を下ろすと、一夜をじっと見ながらそう呟いた。
そして、丹敷の肩に手を置くと、こう伝える。
「残念だったな、ニシ……貴桐にもう少し度胸があったなら、それも可能だったろうに」
丹敷は、悔しそうに歯を噛み締めながら、手を握り締めた。
来贅の目線がまた俺に向く。
「流した血のついでに取り込んだその能力で、自分自身を呪った結果は、あの時の自分を超えられたか?」
……ついで……だと……。
「……黙れと言っている」
俺は、来贅を睨みつけた。
あの時と状況はまるで変わっていない……そう思っているのはお前だけだ。
俺は、咲耶と等為、可鞍が俺の元に来る足音を聞きながら、地面を小さく蹴った。
「貴桐……お前は『選ばれなかった』んだよ。その呪縛に、いつまでも縛られているんだな」
「黙れ……! 来贅……!」
俺の指が動くと、来贅を中心に円が描かれる。
その瞬間に、咲耶たちは強引に丹敷を来贅から引き離した。
「だったら……来贅……お前にも返してやるよ」
俺は、スッと来贅に指を向けた。
「選ばれなかった……呪縛をな」