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第10話 相互

 一夜が円を描き終えたが、そこに反応は見られない。

「…… 一夜」

 侯和は、一夜を心配し、一夜の元へと歩を進めようとした。

「待て」

 俺は、侯和の足を止めた。

「貴桐……」

 侯和の心配も分かるが、俺にはこの後の事が見えていた。

 一夜と圭には、元々繋がりがある。

 当然、共感は成り立ち、干渉は避けられない。

 だからこそ、一夜の胸に印が刻まれ、圭の心臓を受け入れる事が出来た。

 必ず……作用する。


 俺がそう思っている間も、何も起こる事はなかったが、俺は見守る事にした。

 確証が持てない一夜には、もどかしかった事だろう。

 何故、という疑問と共に込み上げたのは、珍しくも怒りだった。悔しさを(あらわ)にする一夜は、両手を地面に叩きつけた。

 それでも抑えきれない思いが、一夜を叫ばせていた。

 一夜の声が響くと、一夜の周りの空気感が変わる。


 白い霧のような淡い光が一夜を包んで、そこで何が起きているのかは想像出来た。


 ……来たか。


 その間は、そんなに長いものではなかった。

 少しすると、パッと光が消え、円の中で一夜が少し呆然とした様子で立っていた。

 俺と侯和は、一夜の元へと歩を進めた。

「一夜」

 声を掛けた俺を、一夜はゆっくりと振り向くが、その表情は晴れてはいなかった。

「……貴桐さん……」

 今にも涙が零れそうな目を向ける一夜に、俺は言った。


「よくやった」


 そう言葉を掛けると、一夜は俺を不思議そうに見た。

「でも……僕は……」

 出来なかったと思っているのだろう。

「見てみろ」

 俺は、一夜に地面をよく見てみろと、目線を送る。

「……文字が……変わってる……いつの間に……」

 一夜が描いた円にあった文字と、今、地面に描かれている文字が少しだけ変わっている。


「これがお前の『印』になるだろう、一夜」

 俺は、一夜にそう言った。

 一夜は、驚いていたが、描かれた円を見つめるその目は、強さに溢れていた。

「巡り合い……か。何処かで流れが変わっても……必ずそこに行き着くようになっている。避けて通る事自体が無理なんだろうな……」

「貴桐さん……?」

 俺を振り向く一夜に、俺は笑みを見せながらこう言った。


「お前は一つだけ呪いを間違っていたな」


 その言葉に一夜は、少し焦りを見せた。

 綺流と繋がる為に行った自分の行動を振り返っているようだったが……。

 そうじゃないんだよ、一夜。その呪いじゃない。

「侯和に聞くといい」

 俺は、一夜の肩をポンと軽く叩いて、侯和に(めくばせ)をした。

 侯和は、俺の目線に頷きを見せると、一夜に声を掛ける。

「ごめんな。重いもん……背負わせちまった」

 一夜は、侯和の言葉に首を横に振った。

 侯和は、一夜を真っ直ぐに見ながら、言葉を続ける。

「一夜……『大丈夫』だ」


『大丈夫』

 それは、一夜が使う事の出来た唯一の呪い。

 だがその呪いは、一夜にとって重い枷にもなった。

 ずっと纏わりついて離れないその言葉が、いつしか自分を責め、追い詰めた。

 それでも繰り返されるその呪いは、その心を麻痺させる。

 だが…… その呪いは、一つ言葉を加える事で違うものに変わるんだよ、一夜。


 侯和は、驚いた顔を見せる一夜に、穏やかな笑みを見せるとこう続けた。


()()()()()()()()よ、一夜」


 その言葉に、込み上げて来るものがあっただろう。

 一夜は、ずっと抱えてきた苦しさから、解放されたような感覚を得た事だろう。

 驚きながらも、ホッとする一夜に、俺はニヤリと笑みを見せて言った。


「な? 間違っていただろ?」

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