第9話 喚起
考えていた。
一度、手に入れたものを誰かに託すように手放す。
それは当然、信頼出来る者だからこそ、託す事が出来るのだろうが、全てを手放した訳ではないだろう。
『共感』は必ず存在し、一度、接触した者同士、相互に作用する……。
……圭。本当に頭のいい奴だ。
「やってみるか?」
そう言うと、一夜は困惑した表情を見せた。
「やるって……」
「お前の胸にある『印』……それを描け」
「これと同じものを……? 喚起法円としてですか……? だけど……」
一夜は自信なさそうに口籠った。
「……繋がらない……か?」
「……貴桐さん……」
自信がない事に、一夜の表情は翳りを見せるばかりだ。
はいと小さく返事を返すと、一夜は俯いた。
少し間を置いて、一夜が口を開く。
「……貴桐さん……僕は分からないんです。そこに綺流がいるのに、他に何を呼び寄せようとしているのか……だけど綺流は、圭に従っているとも思えなかった。バラバラなんです。繋がらないんです」
「だろうな」
「え……貴桐さん……分かっているんですか……?」
「お前が持っているんだ。印と圭の心臓……」
「……はい」
「圭は、お前に自分の一番大事なものを渡したんだ。それがないと生きられない、大事なものをだ」
一夜は、深く考えているようだった。
そして、俯いていた顔を上げると、強い目を見せて答える。
「やってみます」
『坏は……満ちました』
……時が来たと伝えていたのだろう。
その後の言葉はなかったが、それは勿論、分かっている。
ジジイから『主』の座を譲り受けた時から、俺に課せられたものだ。
それは誰から、という訳ではない。
自分からそうすると決めた事だ。
後は流れて零れ落ちるだけ。掬わなければ、全てが地に沈む。
坏は満ちた……それはそこに必要な力が集められたと考えればいい。
俺と一夜は、外に出た。
一夜は、思いを固めながら、地面に円を描き始める。
俺は、その様子を見守っていた。
そんな俺たちに気づいた侯和が外に出て来た。
「おい……貴桐……」
何をしようとしているのか分かったのだろう。
一夜に課す負担は大きい。そもそも俺は、納得していなかった事だ。
「余計な事は言わなくていい」
「だって……お前……反対じゃなかったのか」
「圭は綺流と契約を交わしているんだ。塔にしてみれば圭の体は、絶対に必要だ」
「……ああ」
「もし……いや。圭がどうしてそうしたのかを考えたら、自然に答えは出たよ」
手に入れたものを誰かに託すように手放す。
一夜が塔の中で会った圭は、まるで別人のようだったと一夜は言っていた。
誰かが何かを止めようとしても、誰かが何処かで動かそうとしていたら、共感は崩される。
相互に作用させるなら、奪われてはならないものだ。
「なあ……侯和。訊いていいか」
「なんだ?」
「心臓に『心』ってあると思うか?」
「なんだよ……急に……」
「塔にいる圭……あいつはやばい」
一夜の話を聞いた時に、圭と来贅が重なったように感じた。
一夜は、塔で来贅の姿を意識の中で、綺流に見せられたと言っていた。
そして来贅は、圭は何処に隠したと言っていたという。それを探せ、と。
圭は、もし自分が分離されても大丈夫だと言っていたというのだから、当然、奪われないように隠したのだろう。
分離されても必ず、戻る事が出来るように。
俺は、一夜が円を描く姿を見詰めながら、侯和に言った。
「塔にいる圭の心臓……別人のだろ」