第8話 変動
二月程経った頃だった。
塔の動きが大きく変わったのは。
流行り病で、塔にペイシェントが押し寄せた。塔だけでは対処が間に合わず、病がどんどん広がっていく事に、身を潜めていた呪術医が溢れたペイシェントの診察を始めた。
病が広がり続け、それでも診てくれるところがないとなれば、暴動が起きかねない。塔にしても、塔に属さない呪術医が診察をする事を許さない訳にはいかないだろう。
制約はつけられたが、それでも呪術医たちは覚悟を持って、診察室の扉を開けた。それは一夜も同じだった。
一夜も侯和も忙しく動いていたが、呪術医としてペイシェントを診る事に、力を注いでいた。
だが……これも一時的なものだ。
流行り病が収束すれば、扉を開けた呪術医は再度、塔に入るかどうかの選択を迫られる。
その時は、今よりもっと過酷な状況になる事だろう。
それでも助けたいという呪術医たちの思いは、覚悟を決めていたようだった。
一夜の幼馴染みの彼女が、薬を届けに来ていた。以前、婆さんが塔に連れて行かれたが、無事に戻れたようだ。あの時は、いつの間にか一夜が俺たちの近くに倒れていたが、婆さんも同じように家に戻ったのだろう。
……綺流。
その夜、咲耶が俺に昼間に一夜と話していた事を伝えに来た。
「……巡り合い、ねえ……」
日中、一夜のところに診察に来ていた爺さんが言っていたそうだ。
その爺さんが子供の頃の話らしく、その記憶も曖昧らしいが……。
……その話に間違いはないだろう。
蒼い瞳に白い髪……その姿が見えたというが、それは姿というより、放たれた光が形を作ったに過ぎないだろう。それが、ある者の体の中に入り込み、止まりかけた心臓の動きを、正常に戻したというのだ。
そして、刻印のような痣が胸に……か。
……心臓に宿し力を持った者……。
それが巡り合いだというのは、その時が来る度に必ずそうなるという繋がりか。
「その事について、一夜さんが貴桐さんと話をしたいそうですよ」
「分かった」
咲耶から話を聞いた後、俺はまだ診察室にいる一夜の元へと行った。
「一夜。なんだ、話って?」
「あ……そうなんですが……契約者と言っても貴桐さんと圭には差があるって言ってましたよね。それってどんな差があるって事ですか?」
「そうだな……まあ、それよりもなんか……混ざってるっていうか……」
「混ざってる……? どういう事ですか……?」
「うーん……そもそも、精霊と契約するのに使う呪法は一つなんだけどな……その混ざっているっていうのが、呪法……それは呪術目的は同じものなんだが、思想観念っていうのか、分けて言うならば統御と懇願ってとこだな」
「統御と懇願……」
「ああ、それが混在している。まあそうは言っても、明瞭にするという事は今となっては出来ないのかもしれないが……圭はどっちに重点を置いて使ったんだろうな」
「え……どっちにって……?」
俺は、不思議そうな顔を見せる一夜を試すように、ニヤリと笑みを見せた。
「俺が使うとするならどっちだ? 分かるだろ?」
その俺の問いに、一夜は少し考えているようだったが、分かったという表情が見えた。
「……統御」
遠慮するような口調だったが、そう答えた一夜に、俺は笑って答える。
「あはは。よく分かってる。正解だ」




