第7話 悲痛
俺と侯和の空気感が悪くなっていく事に、一夜は止めようとベッドから下りた。
「貴桐さん……侯和さん……」
険悪な雰囲気に一夜は、不安そうだ。
それでも俺と侯和は、互いの言い分に納得がいかず、言い争いになる。
「そこにその選択肢があったなら、迷わずそれを選ぶだろ……貴桐……お前なら理解出来るんじゃないのか。手に入れたいのは『何の能力』じゃない『彼の能力』だ。それは選ばれた者しか得られないものだろ……誰にでも手に入れられるものじゃない」
「だからって、許容を超えれば、侵食されていくだけだっ……! 圭が耐えられると思っているのか……!お前は圭の復讐心に、自分の復讐心を重ねただけだろう! もし、圭が耐えられなければ、綺流の存在が塔に知られ、塔は圭と共に綺流を利用する……そうなったら今よりもっと残酷な事が起きる」
「だから……宿を探していたんだ……宿なら……」
侯和の言葉に、呪術医という概念を固定してしまう。
「……それで……ブリコラージュするとでも言いたいのか……?」
その後も少しの間、俺と侯和の言い合いは続いたが、俺も侯和も一夜の事を思ったら、言い争いをしている場合じゃない。
「僕は……大……丈……夫……」
消え入りそうな声だった。
俺と侯和は、言い争いを止め、一夜へと目線を向けた。
「僕は……大丈夫……」
一夜は、朦朧とした様子で、同じ言葉を無意識にも繰り返した。
……大丈夫……。
『助けて……下さい』
そう言って俺たちの元に来た一夜。
抱えた辛さは同じでも、そこに伸ばそうとする手はなかった。
「…… 一夜……」
悪かったと一夜に言おうとした瞬間に、一夜がふらりとよろめいた。
「一夜っ……!」
茫然としたまま倒れそうになる一夜に、しっかりしろと両肩を掴んだ。
「……貴桐さん……僕が……そうしたんです……だから……そうなっても仕方がないんです」
力なく、途切れ途切れにそう言葉を呟く一夜。
忘れた訳じゃない。
……閉じ込めただけだ。
一夜の頭にそっと手を置いた。その悲しみや辛さが、俺の手に伝わった。
「……もういい」
「僕が……『大丈夫』だと……」
「もういい、一夜……」
俺は、一夜にそう何度も言ったが、一夜はその思いを言葉と共に吐き出したいのだろう。
悲痛な思いが叫びになる。
「僕が呪いを掛けたんです……!」
胸に溜まったものを吐き出すように言った一夜は、浅い呼吸を繰り返した。
やはり……それだけではどうにもならないのだろう。
落ち着こうとしているのだろうが、心と体がついてこないはずだ。
ましてや……圭の心臓まで抱えているというのに……。
「もう……いい、一夜……」
あの時も、一夜の頭にそっと触れた。
『大丈夫』という言葉を使う事が、納得を示せる一番簡単な方法だった。
それは一夜自身、唯一使う事の出来た呪いだったのだろう。
その言葉を繰り返す事で、守りたい者を守れるなら、自己犠牲さえも厭わないと……そう思っていたんだ。
「僕が……呪いを……掛けたんです……」
言葉を何度も繰り返すのは、自分自身を納得させる為……。
その言霊が纏わりついて、そうなるまで離れはしない。
『大丈夫だから……貴桐さん……』
俺は、一夜を力強く抱えながら、一夜に言った。
「もういい、一夜……心配するな」




