第6話 反転
「そう呼んでいたのは圭だけでしたが……他は『先生』と……」
一夜の言葉を聞きながら、ベッドの上にいる一夜の側に歩み寄った。
「貴桐さん……」
一夜の目線が俺に向いた。
辛そうな目をしていた。塔の中で目にしたものに、大きな衝撃を受けた事だろう。
「圭に会ったか……」
「……はい」
頷く一夜の表情は翳っている。
「貴桐さん……圭は……別人のようでした。僕が知っている圭じゃない。だけど……」
一夜は、ギュッと手を握り締めて、俯いた。
ポタリとその目から涙が落ちた。
一夜の震える声が思いを伝える。
「……僕の名を……呼んだんです……」
込み上げた思いが一夜の声を詰まらせる。
悲しむだけではなく、それでも一夜なりに思考を巡らせているようだった。
どうすればいい、どうしたらいいと自分に出来る事を探している。
一夜は、俯いたまま、その思考の中で行き着いた答えを口にした。
「僕が……継承者になればいいんですよね……?」
そう言った一夜は、俺と咲耶に目を向けて、うっすらと笑みを見せる。
無理に笑う一夜のその表情を……尊重……すべきなのだろうか。
俺は、目を伏せると溜息をついた。
そして、そこにいるだろう姿に声を掛ける。
「……侯和。入って来い。お前には、一夜に説明する義務があるだろう」
俺の言葉に侯和は反応を示さない。
「……侯和……不完全だった『彼』の『材料』はお前だっただろーが……」
俺は、苛立ちを噛み締める。
「お前が手を貸し、お前が圭に託した精霊の継承者に、一夜はなると言っている。説明しろ、侯和。それを果たすのがお前の責任だ」
そう言葉を投げても、侯和は部屋に入って来ない。
痺れを切らした俺は、その名を叫んだ。
「侯和ーっ……!」
俺の苛立った声に、侯和はゆっくりと歩を進めて、部屋に入って来た。
「宿が見つかったって……侯和……お前は……綺流を扱える継承者を探していたんだな……」
侯和は、俺のその言葉に何も答えなかった。
「だから……心臓なのか。だから心臓なんだろう! 宿がどう動くか知らない? 圭の事は知る事は出来ない? 判断の是非は宿にあるってお前、言ったよな? それはこういう事だったのか? ただでさえ酷な状況だっていうのに…… ふざけるなっ!」
一方的に捲し立てる俺だったが、侯和には予想がついていた事だろう。
俺が怒鳴る声にも焦る事もなく、納得している。
俺は、侯和を見ながら訊いた。
「……圭はそこまで本当に望んでいたか?」
その言葉に侯和は、一夜に悲しげな目線を向けながら口を開く。
「そうなっても仕方ないんだ……声にならない悲痛な魂が残した苦しみと憎しみが……その思いを遂げてくれと『宿っていた』んだから」
……人の思いは反転する。
抱えたものの重さが、潰されるか立ち上がるかを選択させる。
守りたいと思う気持ちを満たす為に出来る事は。
障害になる相手を殺すか……自己犠牲を果たすか。
「お前だって……そうじゃなかったのか」
侯和はそう言うと、開き直ったかのような目を俺に向けて、言葉を続ける。
「じゃあ、他にあるなら教えてくれよ、貴桐……それ以外の選択肢なんて、何処にあったんだ」
「……侯和」
侯和は、苦笑を漏らすと、更に言葉を続ける。
「望んだのは同じレベルの能力じゃない。それ以上の能力だろ……」
そして、その後に言った侯和の言葉が、俺という存在を別の形で証明した。
「お前の能力だって、その結果じゃないのか……?」