第2話 裏側
「死人を見送るのとおんなじだ」
俺は、その言葉を残して部屋を出たが、扉を閉めるとその近くで侯和を待った。
あの時の悔しさを思えば、このままでいいはずがないと思う事だろう。
侯和と初めて会った時……あいつは問題のないペイシェントをそれ以上、中に進ませる事なく帰していた。
僅かであっても、助けられる事が出来るなら……そう願っていたのだから。
その思いはずっと持ったままだろう……? 侯和。
俺だって、そんなお前を見たから、共に行動する事が出来たんだ。
「貴桐っ……!」
……ほら……な。
呼び声と共に侯和は扉を大きく開けて、飛び出して来た。
俺は、待っていたとばかりに、腕を組みながらニヤリと笑みを見せた。
「貴桐……」
扉を開けて直ぐに俺の姿が目に入った事で、侯和は参ったと苦笑した。
俺は、侯和の肩をポンと軽く叩いて言った。
「探し求めて手に入れろよ、侯和。お前らの求める、本物の呪術医ってヤツを俺にも見せてくれ」
侯和は、俺の両肩に手を置くと、頭を垂れて分かったと呟いた。
顔を伏せたまま、何度も小さく同じ言葉を繰り返した侯和。
俺の肩に置かれた侯和の手の震えが治るまで、俺は動かずにそのままでいた。
『……君が選択するまでの少しの間……忘れかけていた待望に苦痛を緩和しているよ』
初めて侯和に会った時に言っていたあの言葉。
……その苦痛を緩和するのには、お前自身、その待望を持ち続けていろよ……侯和。
「……気づいている事でしょうね」
一夜と共に過ごすようになって、数日経った。
咲耶が気掛かりになっているのも、当然の事だ。
俺と咲耶は、敷地内にある大きな木の前で話していた。
……ジジイの部屋から見えた宿木と同じくらいの大きさの木が、なんだか懐かしく思えた。
「……あいつは俺たちを試しているだけだ。俺たちが塔から出たと分かったなら、あいつにとって必要なものに近づいたという事になる」
「それなら……僕たちはやはり……」
咲耶は、それ以上、先の言葉を言う事を躊躇した。
俺は、咲耶が何を言おうと思ったのか、分かっている。
「……いいんだ、咲耶。それで」
俺は、木を見上げていた目を咲耶に向ける。
「貴桐さん……」
「決めただろう?」
「……そうですね」
心配そうな顔を見せる咲耶に、俺は笑みを見せて言った。
「望まないものを掴む……と、決めただろう」
「……はい」
「それならこうなる事も理解出来るだろう? 望むものを掴む者の裏側には、望まないものを掴む者がいると……」
「勿論、それは分かっています。僕は、それでもいいと言ったのですから」
俺は、真っ直ぐに向けられる咲耶の目線を受け止めて、頷いた。
「だが……」
目の前に立つ、大きな木へと視線を戻して、俺は言葉を続けた。
その言葉を言った後に俺は、クスリと笑みを漏らした。
俺の思惑を咲耶は、理解している。
「やっぱり……貴桐さんは、貴桐さんのままですね」
咲耶は、そう答えて笑った。
だが……。
その後に続けた俺の言葉は、あの書物を開いた時から持っていたものだ。
『望む事、全て、思いのままに』
ジジイが何故、あの書物にわざわざ書き込んだのか。
あの時から、そう言葉が浮かんだ事だが。
……最初から言っておけよ、なんて思ったら。
辿り着いてやるからなって。
つい、笑みが漏れた。
「だが……それは、一瞬で逆転する」