第6話 塔
……気に留める事もなかった。
呪術医が、干渉してくる事がなかったら。
歩き始めた俺たちと、男の距離が離れて行く。
……嫌な感覚がする。
俺が感じた不穏は、訪ねた家ではっきりと分かった。
何故、俺たちを呼ぶ事になったのかも。
「……診てくれる呪術医がいない……? どういう事ですか」
その家の主人の話を聞くと、咲耶が理由を訊ねた。
「今では呪術も使う呪術医と言うのが、全て医術に携わる者です。ですが……診療所を開いていた呪術医は皆……扉を閉めたんです」
主人の表情は、翳っていくばかりだ。
俺と咲耶の目線が合う。
考えている事は同じだ。
さっきのあの男……。
白衣を着ていたが……だったら何故……。
「ふうん……? それで僕たちを呼んだの?」
「おい、差綺……」
遠慮もせず、家の中に入り込む差綺を丹敷が止めるが、差綺は全く気にする事はない。
俺と咲耶は、差綺を止めず、差綺が何に気づくかを見る事にした。
差綺の目が家の中を探るように動く。
そして、主人に目線を変えると、口を開いた。
「あなた以外……みんな亡くなったんだね。次は自分の番……そんな恐怖を感じてる」
差綺は、意味ありげにクスリと笑みを漏らした。
……全く。
俺は、そんな差綺を見ながら、ふうっと小さく息をついた。
まあ……それが事実か。
「不自然だと思ってるんでしょ? 亡くなる順番、決まっていたみたいだね?」
差綺の目つきが鋭くなった。
差綺にもこの主人が、次に何を話すのかを分かっていたのだろう。
「ええ……そう思いました。色々と思う事があって『呪い』でも掛かっているのではないかと思い、あなた方をお呼びしたという訳です」
「呪い、ねえー……」
差綺は、そう呟くと、少し困ったような顔をして、俺を頼るように目線を向けた。
「なんだ? 差綺」
「うーん……」
差綺には分かっている。ただ、それを言っていいのか迷ったのだろう。
俺にしても、呪いが掛かっているようには見えない。
「呪術医は扉を閉めたって言ったな……じゃあ、診てくれる所は何処にもないのか?」
俺の問いに主人が答える。
「いえ……このずっと先に、大きな塔が見えるでしょう? そこに全ての呪術医が集まり、そこだけが頼る所でもあります。ですが……」
「そこに行った結果が、この結果だって思っているから、診てくれる所がないと言ったんだろう? つまり、他に、だ。だが、確証もない。呪術を使ったとするなら、それが呪いにでもなったのかと呪術師を頼ったって訳か」
俺がそう口にすると、主人は曇った表情のまま、はいと小さく頷いた。
「ですが……先程、白衣を着た方がこの辺りにいましたが、その方をご存知ですか? この辺りで呪術医をされているのではないのですか?」
「白衣……ですか……?」
咲耶の言葉に、主人の顔色が変わった。
……そういう事か。
丹敷があの男にあんな言い方をしたのは、こういう事だったか。
「そんなはずはありません。白衣を着る呪術医は、もういないはずです。塔に呪術医が集められるようになってから、診療所を開いていた呪術医の殆どが着ていた白衣を、扉を閉めたと同時に捨てさせたんです。塔で白衣を着ている呪術医は見掛けません。それにもし……」
俺たちが立ち入る必要はあるのか、ないのか……。
いや……いつかは干渉して来る事になるのだろう。
俺は、主人の言葉を聞きながら、塔のある方向を見ていた。
「塔以外の場所で呪術医がいたとしたなら、塔に入らない呪術医を探しているか……塔に入る術を探している呪術医かもしれません」