第1話 無力
「咲耶、侯和を運んでやってくれないか」
「分かりました」
咲耶たちが侯和を抱え、家の中へと運んでいく。
「大丈夫だ。少しすれば目を覚ますよ」
心配そうな顔をする一夜に、そう伝えた。
「良かった……」
一夜は安心したようだった。
「侯和がさ……こんな事するのも、仕方のない事なのかもな……」
「どうしてですか……?」
俺は、侯和の家が呪術医の家系で、代替えが出来る呪術医だと話しをした。
侯和は、形を模したものを同じものとして機能させる事が出来る呪術医だと。
だがそれは当然、一時的なもので長くは持たない事も、その呪法を塔に渡した事で、それが基となって新たなものに変わってしまい、間違った臓器移植が行われている事を話した。
俺は、そう話をしながら、その場に仰向けに寝転んだ。
流石に疲れたな……。
空を見上げながら、言葉を続ける。
「使うものはやっぱり形を模したものなんかじゃなくて、本物がいいと……そうなったのは、自分のせいだと思っているんだよ」
一夜は、話を聞きながら、寝転がる俺の隣に座った。
「でもさ……俺……悪いけど、侯和に同情はしねえし……」
俺は、一夜を目転んだまま振り向くと、ニヤリと笑みを見せて言う。
「責任感じてんなら尚更、逃げさせねえから」
そんな俺の言葉に、一夜は笑った。
ホッとしたのもあったのだろう。自然に笑えているようだ。
その顔を見て、俺も少しホッとする。
『助けて……下さい』
あの時の一夜は、こんな顔をする事もなかった。
立っている事が精一杯で、少しの衝撃でも加われば、脆くも崩れてしまう。
……いつか……断片的にも蘇る記憶が、今の状況に結びつく事だろう。
「貴桐さん……」
「うん?」
一夜は、何か覚悟を決めたようだった。
俺に向かってはっきりと言う。
「貴桐さんのように、立ち向かえる呪法を僕に教えて下さい」
真っ直ぐに向けられる真剣な瞳。
俺は、その表情を見て、笑みが漏れた。
……強くなったな。
俺は、一夜の服の背をを引っ張って、一夜を仰向けに倒れさせた。
一夜は、軽く頭を地にぶつけ、痛いと笑っていたが、目線は空を仰いでいた。
何か思う事でもあるのだろう。まあ……当然、圭の事だろうが。
目にきらりと光る粒が見えた。
……隠れて泣いているか。
だがそれは、悲しいとか辛いだけではなかっただろう。
俺は、一夜の白くなった髪に触れるように、頭に手を置いて言った。
「強くなれ」
一夜は、俺を振り向く事はなかったが、空を仰いだまま頷いた。
少しの間、一夜と外にいたが、侯和の様子を見に家の中へと入った。
……まだ眠っているか。
侯和の迷いが目覚めを遅くさせているか。
まさか自分が助かるとは思っていなかったようだからな……。
侯和が目を覚ましたのは、翌日の夜だった。
侯和は、目を覚ました事に納得がいっていないようだった。
ベッドの上で天井を仰いだまま、瞬きも殆どしない。
体が戻ったというのに、その様は抜け殻のようだった。
……まったく、仕方のねえ奴だな。
何もかもが裏腹だ。
そうしたい、でもこうでしかないのならそれでいい。
そうやって、湧き上がった感情の答えが見つけられず、葛藤する間もなく諦めようとする。
「お前……何の為に呪術医になったの?」
そう侯和に言ったが、それでも侯和は、自分には何も出来ないと嘆くばかりで、俺を見ようともしなかった。
腹の立った俺は、侯和に冷たく言葉を投げる。
「じゃあ、何にもするな。黙って、ただ黙って見てろ」
俺のその言葉の意味……お前なら分かるはずだよな……?
何度も見送った。
何もする事も出来ず、無言のまま見送った。
あんな思い……忘れられるはずがない。
俺は、それでも言葉を返さない侯和に、はっきりと言葉を残して部屋を出た。
「いい気分になれるか? 死人を見送るのとおんなじだ 」