第33話 返戻
俺は、圭が描いた円を消し始めた。
一つ消すごとに、侯和にも影響が出る事は確かだ。
最後の一つを消した後に、直ぐに対処出来なければ……。
侯和は死ぬ。
侯和は、『彼』の不足を補う為に、自分の持っているものを譲った。
当然、自分の体にあるものだ。
圭が呟いたあの言葉から、俺は察していた。
『コウさん……もう捨てるものがないんですよ』
……確かに……ないだろうな。
その体に持っているものは、それしかないんだからな。使い果たしてしまえば、もう何も残らない。それ以上、捨てられるものなどありはしない。
代替えが出来る呪術医……それでなんとか自分を保っているんだろう。
だがそれも、そろそろ限界だ。
その事に侯和自身も気づいている。当然だ。自分の知識を使った結果だ。知らない訳がない。分かっていて使ったんだから。
最後の円を消して、侯和のところへと向かう。
侯和の居場所が分かったのは、一夜の声が聞こえたからだ。
……崩れ始まったか。
「侯和さんっ……!」
悲鳴に近い、一夜の声が響いた。
「咲耶、急ぐぞ」
「はい」
俺たちは、侯和のところへと急いだ。
侯和を助けようとする一夜が目に入ったが、どうしていいか分からないようだ。
一夜の手が侯和に触れると、侯和の体は脆くも崩れる。
触れる事も出来ない状況に、一夜は慌てていたが、それでもなんとか食い止めようとしていた。
『元々、呪術医は、あり合わせの材料でブリコラージュする事が出来る……ブリコルールです』
ここで呪術医が、それでも出来る事と言えば、また修繕を試みる事くらいだろう。
だが……そんな事を繰り返してももう無理だ。
修繕する部分が大半で、代替えをしたとしてもそれは正直、全てを作り替えるという事だ。
それじゃあ……。
侯和だと、もう言えないんじゃないか……?
「離れろっ……! 一夜っ……!!」
俺は、大声で叫んだが、混乱している一夜は、その場を離れる事が出来ない。
「咲耶っ! 行け」
「はい」
咲耶に一夜を任せ、俺は指先を動かす。
一夜を侯和から引き離した瞬間に、俺はジャリッと音を立てて地面を蹴った。
月明かりがその場に落ちるように、侯和を中心に円が光で描かれる。
地に描かれる円が、月の光を飲み込むように、月明かりが消える。
逆に地から光が放たれて、天と地が入れ替わったかのように、下から上へと光が上がった。
侯和は、その光の中に包まれる。
俺は、その場に近づいた。
「……もう十分だろう」
円の中で倒れた侯和は、動きを見せない。
俺は、侯和を包む光に手を向け、その光を操りながら、口を開いた。
「新たに喚起す。宿した者の姿に於いて、得た肉体は不要とす。直ちに命ずる……返戻せよ」
カッと光が噴き出すように弾けると、強い風が巻き上がる。
その風に光が同調するように動きを見せた。
バチッと音を立てると光が強まり、天へと戻るように地面から光が消えた。
そしてその中で、侯和は体を取り戻し、眠っていた。
「貴桐さん……これは……」
一夜は、驚きながらもホッとしている。
「『彼』は、お前から気を持って行ったんだ。もうそれだけで十分だろう。だから返して貰ったよ」
「貴桐さん……こんな力があったら……」
「そうだな。だが、俺は人間を作れる訳でもない。返して貰っただけって言っただろ」
「引き入れた力を借りて……?」
「まあな。だけど侯和の体を取り戻す事が出来たのは……」
それだけは……譲れなかったか。
なんだか切ないな。
俺は、空を仰ぎ、過去を思い返しながら、一夜に言った。
「心臓が残っていたからだ」