第32話 痕跡
「何の為にどなたが作られたのでしょう……?」
咲耶の言葉に、一夜はかなり驚いている。
「どういう……事ですか……?」
…… 一夜は知らなかったか。
驚く一夜に、咲耶は話を続ける。
「シャーマニズムの概念では、トランス状態になる事で、超自然的存在との繋がりを持てると言われています。つまり……『精霊』と」
一夜は、言葉をなくしている。信じられないという思いが大きいのだろう。
「まあ……実際のところ、何処までが本当なのか、試す気にもなれませんがね……」
咲耶は、そう言って瓶を棚に戻した。
咲耶は、一夜に自分たちに起こった事や、塔の中での事を話し始めた。
俺は、少しの間、会話をする二人を見ていたが、中へと入った。
「どうだ? 咲耶、何か手掛かりになるようなもの、あったか?」
「いえ……まだ分からないですね」
「そうか……何か分かるものがあればいいんだが……」
正直、幻覚剤だけではなんとも言えない。
咲耶は、一夜と話している時に、その瓶が開けられたのは一度きりだと言っていた。
たった一度……信用するに値しないものではあるが、使ったとするなら一度、というのも更に疑わしい。
あんなものを使ったとするなら、一度では済まないはずだ。
「目が覚めたか、一夜」
「手掛かりって……何を探しているんです?」
「体はどうだ?」
俺は、一夜の問いには答えず、そう訊いた。
「あ……だいぶ慣れてきたというか……まだ鼓動が響く感じは強いですけど」
一夜は、胸に手を当てると、表情を曇らせた。
まあ……ショックだよな……。
圭の心臓が自分の中にあるなんてな……。
「一つ……話しておく。頼むから、落ち着いて聞いてくれよ」
一夜は、顔を上げて、俺へと視線を戻した。
俺が何を言うのか少し不安そうな顔を見せてはいたが、真剣に受け止めようとしている。
「一夜……お前、本物の『宿』だ。お前の中にいたのが『彼』なんだよ。圭は、お前の中に宿っていた『彼』を呼び出したんだ」
理解しようとしていても、それを受け止めようとしていても、心はそう簡単に納得出来ない。そんな表情が現れていた。
それでも必死に表情を作って、笑みまで見せようとする。
「……そうですか。理解出来ました。僕は大丈夫です」
少し間が開いたが、一夜はそう答えた。
圭が何を思って、そんな行動を取り、塔に入ってしまった事に、一夜がどれだけ辛い思いをしたか、分かっているつもりだ。
だが、一夜……。
「大丈夫です」
俺が一夜を心配そうに見たからだろう。一夜は、そう言葉を繰り返して、笑った。勿論、その顔は少しぎごちなかったが。
必死で表情を作ろうとしている一夜のその気持ちは、痛い程に分かる。
……尊重してやらないとな……。
だから俺も、笑みを返して一夜に言った。
「そうか」
そう答えた俺に、ハッとした顔を見せた事で、そう言って欲しかったと信じられたが。
「じゃあ、一夜、悪いが少し家の中を見させて貰うよ。咲耶、等為、可鞍、ついて来い」
……今は一人にして欲しいって……思ったんだよな、一夜……。
なんで、どうしてと繰り返す言葉に、返りはない。
その返りの言葉は、圭じゃないと一夜には伝わらないだろう。
俺たちは、一夜を残して診察室を出た。
……後は侯和か。
俺たちは、敷地の中を走り回り、その痕跡を探していた。
思った通り、あちこちに円が描かれていた。
それは全部中途半端なままで、完璧には程遠いものだった。
「貴桐さん……」
「ああ。不足が多いのも頷ける。全部、消すとするか」
「そうですね……」
「消した後に、侯和への影響が大きく出る。一気にやるぞ」
「分かりました」
待ってろよ、侯和……。
俺がお前を助けてやる。