第29話 思惑
どうにもならない苦しさを吐き出すように、叫び声をあげた一夜だったが、圭の思いに気づいたのだろう。
両手で口を押さえ、声を漏らさなくなった。
相当な苦しさのはずだ。必死で耐えるその姿は、見ている方も苦しくなったが、実際に苦しみを抱えている一夜と同じはずはない。
「一夜……」
侯和の心配する声が一夜に投げ掛けられるが、一夜は口を押さえたまま、何も答えなかった。
少しずつ、呼吸が整えられてきたようだが、まだその苦しさから解放されはしないだろう。
「耐えろ……それが出来たなら、ここを出るぞ」
そう言った俺を、侯和が振り向く。侯和にしても、俺に対しての疑問がある事だろう。
「タカ……お前……何でだ……?」
「その名で呼ぶなと言っただろう、侯和」
「分かってたって言うのかよ……本気かよ……まさか、ここに来る事になったのは、お前の仕業だなんて言うんじゃないだろうな?」
「呪術の全てが人体に特化していると、思っていた訳じゃないだろう? まあ、初めから自然環境って言っていたし、な?」
「はは……まんまと騙されたな……タカ……お前……」
「だからな、その名で呼ぶなって何回言わせるんだよ? 俺の名前、忘れたのか?」
「……忘れる訳ないだろ」
侯和は、そう呟いてそっと目を伏せた。
そして、一夜へと目線を変えると、言葉を続けた。
「こんな窮屈な状況下で、自身の主義を貫くブリコルールはいない。逆に、本当にその主義を貫ける程のブリコルールがいないとも言えた。だけど……やっと見つけた……見つけたな……貴桐」
……見つけた、か……。
「……ああ」
俺は侯和の言葉に頷きを見せたが、その侯和の言葉を素直に受け止めてはいなかった。
苦しさを我慢しながらも目を開けた一夜に、俺は近づいた。
混乱している事だろう。
全てを知るのは、まだ重過ぎる。
だが、何故、自分がこんな事に巻き込まれる事になったのか……それだけは教えておくか。
目を開けた一夜の目を、覗き込むように見る。
「ふうん……そういう事か」
そう言った俺に、一夜の目が動いた。
自分が抱えた疑問の答えを、俺が答えてくれると思っただろう。
「『宿』ねえ……どうりで似ている訳だ」
俺自身からしてみれば、そう答えている事がわざとらしいが、侯和が俺に隠している事を吐かせる為にも、俺が一夜を知っていたという事はまだ伏せておこう。
侯和は、ふうっと息をつくと、静かに言葉を吐き出す。
「あいつが来た時に分かっていた。何をしに塔に来たのかを……な。呪術医をやっていた家なら、名前を聞けば分かる。柯上と聞いて直ぐに分かったよ……」
「圭の思惑がバレたらって案じた訳か……」
「ああ……圭もそれは分かっていた。だから圭は『彼』を連れて来たと言っていた。だが彼がどんな存在なのかは教えてはくれなかった」
侯和と俺の会話に、一夜が俺たちを交互に見る。
圭の事を知りたいのだろう。
「彼がいれば、例え分離されても取り戻せると……だけど、圭の側にいさせるには彼には足りないものが多過ぎた」
「成程ね……だからお前は、彼に全てを譲ったっていうのか……だがそれも完璧じゃなかったって訳か」
「……ああ」
「しかし、想像以上にやってくれるね……」
俺は、一夜の髪をそっと指で払った。
一夜が不思議そうな目を俺に向ける。
まあ……まさか自分がこんな事になっているとは、分からないよな……。
自分の姿を何かで見る事が出来たなら、直ぐに気づいた事だろうが、ここにはそんなものはない。
「持っていかれてる」
そう答えた俺に、不安を抱えた事だろうが。
圭と『彼』との話で、ある程度の事は察しているだろう。
俺は、一夜の目を見ながら、一夜に伝えた。
「白くなってるよ……髪」