第27話 接近
「……それは……やっぱり排除するという事ですか」
スカルペルを突きつける俺を睨みながら、一夜は言った。
「排除? それは塔の関与なしに、新たな主義を貫こうとする奴を言っているのか? 俺は何も見ていない。お前らもそうだろう?」
俺は、侯和と一夜を抑え込む咲耶たちに相槌を求めた。咲耶たちは、揃って俺の言葉に同意した。
「……どういう……事ですか……?」
俺たちの言葉を聞いた一夜は、訝しげに眉を顰めた。
俺は、そんな一夜を見つめたまま、口を開く。
「そこにないものは、あったとは言えない。だから『宿』なんてものは存在しない」
一夜に向けるスカルペルを持つ手に力を込めた。
切られると思っている一夜の目が、強い睨みを俺に見せる。その瞬間を止める方法でも構築したか。
……早く、来い。
圭……。
一人で抱えて、一人でやろうとする。俺にもう……同じものを見させないでくれ。
お前を見ていると、差綺が重なる。
お前だって本当は……。
目が眩むくらいの稲光が走り、雷鳴が地を震わせると落雷した。同時に侯和と一夜を捕らえる俺たちを引き離すように、大量に雨が降り落ちた。
だが、あれ程の大きな音を響かせていた落雷の影響は何処にもなく、まるで仲裁に入ったかのように互いの動きを止めた。
風も雨も止み、空を染めていた稲光も消え、辺りが急に静かになる。
その声だけを浮き上がらせる為に、静かになったようだ。
「……君たち……離れて貰えますか……」
静かな声ではあったが、空間に流れるように響く声がした。
……来たか。
俺は、現れた事に少しホッとしながら、侯和を振り向く。
俺と目が合った侯和の表情が、驚きを見せていた。
俺は、侯和の元へと歩を進めた。
白い光に包まれるように、その声と共に姿が降り立つ。
一夜の前に現れたその姿に、一夜は言葉をなくしていた。
……それもそうだよな。
自分とそっくりな顔がそこにいるんだからな……。
だが、それがどういう意味か、分かるだろう、一夜。
圭は……お前にその言葉を言う事が出来なかっただけで、本当はお前の力を借りたいと思っていたはずだ。
それに、圭……。
『コウさん……もう捨てるものがないんですよ』
……それが後悔になるのなら、返して貰うぞ。
「……おい……タカ……お前、初めから……」
「だから、その名で呼ぶなと言っただろーが」
苛立ちを交えた声で、そう侯和に言った。
「いや……そんな事より……」
「そんな事じゃねーよ。その名で呼ぶなら、塔に帰れ」
「あのな……だからそういう事じゃなくて……俺は出ると言っただろう……」
「訊きたいのは俺の方なんだよ」
睨むように侯和を見る。
侯和は、少し困ったような顔を見せた。
「侯和……お前、何を使った……?」
「……」
答えるべきかどうか迷っているのか、侯和は無言になった。
「不足していると気づいていたよな?」
俺は、一夜の前に降り立った『彼』に目線を向けながら、言葉を続ける。
「今はまだ答えを待ってやる。だが……そう長い時間は待たねえからな」
「……その為にあんな事をしたのか」
思わず漏れてしまった言葉だろう。
侯和のその声は、聞こえるか聞こえないかの声だったが。
「なんだ? 何か言ったか?」
勿論、俺には聞こえていた。だが俺は、そう答えた。まだ俺に、本心を打ち明ける気はないのだろう。
「……いや。なんでもない」
……言える訳がないか。
だが侯和……。
侯和が一夜と彼へと向けた目線は動かない。
見守るようにも見ているその様子を、俺は見ていた。
代替えが出来る呪術医。
お前は、俺にそれが出来る事を認めたんだ、俺が気づいていないと思うなよ。




