第26話 裏腹
「コウ……お前……」
俺の声に侯和は、ゆっくりと振り向いた。
「タカ……捨ててもさ……捨て切れないものってあるんだよ」
侯和はそう言うと、俺に一度向けた目線を直ぐに逸らした。
そして、目を少し伏せながら、次の言葉をこう言った。
「俺……出るよ」
侯和がどうしたいかは分かったが、そんな言葉だけでは、正直、甘い。
侯和にしても、塔を出た後に何をするかなど、そこまで深い考えまでは出来ていないはずだ。
『彼』と似ている一夜と会った事で、一夜にも自分の思いを託す気か。
まさか、それで安心出来るとは思っていないだろうな……侯和。
俺は、侯和を睨みながら口を開く。
「出るって……塔を出て行くって事か? そんな事したらどうなるか、分かって言っているんだろうな」
「当然だ」
即座に答えた侯和だったが、俺はしつこくも言葉を重ねる。
「一度入った者が出て行くって事はな……」
「分かってるって言ってんだろーがっ……! もう限界なんだよっ……!」
やっと本音が出たか。
……限界。だろーな。自分が一番分かっているはずだ。
侯和は、自分を落ち着かせるように、長い溜息をつくと、髪をクシャクシャと掻き乱す。
「……悪い……タカ」
侯和は、また溜息をつくと、今まで抱えて来た不満を吐き出し始めた。
自分が持っていた知識を塔に差し出し、それが正しく使われなかった事。それを差し出した事で、自分にはもう何もないと嘆く。
呪術医を集めて作った塔は、集められた呪術医の数だけ知識が集まる。集められた知識は、高度な術式となって、上階の呪術医がその術式を使いたい為だけに利用される。それはペイシェントを助ける為ではなく、呪術医の能力が試される時だった。
自分が描いてきた呪術医の姿が、全て崩れたと怒りを顕にしていた。
塔に自分の知識を差し出したら、もう塔の外では使う事は出来ない。呪術医であり続けたいという思いは、もう何処にも置けなくなってしまったと、悔しさを吐き出した。
「だからお前は、術式のない下層止まりを選んだって訳か」
「……ああ。あの塔の術式など、使いたくもない」
「……そうか」
俺は、侯和をじっと見据えて、言葉を続けた。
「……じゃあ仕方がないな。ここまでだ、コウ」
俺は、咲耶へと視線を向けた。
咲耶は直ぐに動き、等為と可鞍もそれに従い、侯和と一夜を背後から抑え込んだ。
「仕方がないから、ここで終わりにしよう。それでいいんだろう?」
一夜は驚いていたが、侯和は落ち着いていた。
「考えが変わったなんて絶対に言うなよ? なあ……遠見侯和」
「タカ……」
「もうその名で呼ぶな」
これが……どういう意味か、気づけよ、侯和。
俺は、空を仰ぎながら呟く。
「……早く来い。でないと……」
一夜へと視線を変えると、ゆっくりと近づいた。
驚いていた表情は、俺が近づく程に睨みへと変わる。
……怯む事もない、か。
これなら耐えられるな。
……悪いな、侯和、一夜。
思い立っただけの浅い覚悟じゃ、来贅には近づけないんだ。
お前たちだって、圭一人だけに任せたままでいいとは思っていないだろ……?
一夜……圭を守りたいと思っているなら、耐えてくれ。
俺は、一夜の首にスカルペルを突きつけた。
雷鳴が響き、地を震わせる。
空を這う稲光が、俺の目を染めた。
早く来い。でないと……。
「『宿』を殺しちまうぞ」