第19話 異能
圭は、定めた目的に、順調に進んでいるようだった。
進めば進む程に、圭との距離が離れて行く。
その距離感が遠去かって行けば行く程、侯和の様子も変わっていった。
疲れた表情をする事が、次第に増えて行く。
それでもそれを隠そうとしているが、俺には誤魔化せない。
そう感じ始めた頃には、圭は上層に上がり、『先生』と呼ばれるようになっていた。『彼』も一緒だった。
圭が上層に上がる事を歓迎したのは、来贅だったと耳に入った。
その中で、丹敷は中層に上がっていた。
俺に向ける目線は、睨む事を忘れてはいなかったが。
それは、あれから五年後の事だった。
その間に、排除された呪術医も少なくはなかった。
塔に入らない呪術医を探していたのは、当然、俺たちだけじゃない。
ペイシェントからの情報も流れ続け、それを全て止める事はやはり難しかった。
救いだったのは、その呪術医の中で死者が出なかった事だった。
人体に特化する呪術を使う呪術医は、塔の支配が強まり、的が集中する。
俺は、その的を分散させる為に、別の行動を起こしていた。
初めはただの自然現象だと、気にする者も少なかった。
回数を増やす度に、何かがおかしいと気づく者が増えてくる。
俺はそれを待った。
そして、その時がやってくる。
『自然環境を治癒する呪術医がいるっていう噂があるらしい』
訝しがりながらもそう口にする者が、塔の中で増えていった。
一定の間隔で荒天が続く。
不安を煽ぐ声が大きくなる頃に、荒天が治り、安心を得る。
その繰り返しが、自然環境を治癒出来る者がいるのではと噂になっていった。
そして、治癒という言葉に、それは呪術医が関わっているのではないかと、勝手に解釈されていった。
まあ……これが俺の狙いであったのだが。
塔の存在が大きければ大きい程、呪術医の存在が定着して行く事を逆手に取った結果だ。
呪術医というものが名高くなっていく程、呪術師の存在が地に落ちて行く。
そんな事が出来るのは、呪術医だけだという思い込みを利用した。
人体に特化する呪術を使う呪術医が、自然にまで及ぶともなれば、塔が食らいつかないはずがない。
塔にはないものだからだ。
塔にないもの……それは塔にとっての不足であり、そんな呪術医がいるのなら、探すだろう。
初めは俺たちとは別の下層がその存在を探していたが、見つかるはずもなかった。
当然だ。
それは俺がやった事だ。
見つけられるはずがない。証拠など、残りはしないのだから。
中々見つけられないという声が、本当はいないのではないかという言葉に変わりつつある頃、俺たちがその存在を確認する為に出向く事になった。
この真相は、侯和も知らない。
侯和に言わなかったのは、侯和の本心を試す為だった。
圭が上層に上がったと同時に、侯和の様子はだいぶ変わった。
……そろそろ、限界のはずだ。
ここで行動を決めなければ、侯和は限界を迎えるだろう。
「自然環境を治癒する呪術医? 本当にそんな奴、いるのかよ?」
侯和は、そう言って笑っていたが、何か思うところがあるようだった。
もし……本当にそんな奴がいるのなら、何か変えられるものが掴めるかもしれないと、多少の期待をしたのだろう。
圭を上層に上げる為に手を尽くした侯和だ。圭が上層に上がってしまえば、侯和はもう手を貸す事もない。
それは、自分にはもう何も出来ないと、喪失感を持つようになるだろう。
……侯和が崩れてしまう時になる。
だからこそ……。
俺はここに『共感』を置く。
塔を出た俺たちを見ている一人の男。
やはり干渉は避けられない。
俺も咲耶もその男に気づかないふりをしていたが。
……巡り合い、だ。




