第17話 確認
……捨てるものがもうない、か……。
それは来贅が言ったような、必要なものと不要なものを切り分けたからではないだろう。
必要なものも全て捨てた。いや……元々侯和は、そうやって分けてなどいなかった。侯和にとって、不要なものなどなかったはずだ。
それでも捨てると言葉にしたのは、侯和自身が圭にそう言ったのだろう。
呪術医を続けたくて塔に来た……だが、塔に来てみれば自分が持っていたものを使えるどころか、手を出す事が出来ないように混ざり込んでしまった。それは、全く別の形となって存在してしまう。
塔に入る事自体、不本意であったのに。
どんなに悔しかった事だろう。
『いい訳……ないだろ』
何度も口にしたあの言葉には、何処かで思いを果たせる事を望んでいたはずだ。
……それが圭……。
圭は、俺から少し距離を置くように、先に行く。そして圭の速度に合わせる『彼』
だが『彼』は、圭の真横には絶対に立たない。一歩引いて側を歩く。
圭は、俺には隠せないと気づいている。だからこそ、距離を取ろうとする。
……それだけ深いものがあるって事か。
「貴桐さん……どういう意味でしょう……?」
そう俺に訊ねる咲耶だったが、それはさっきの圭の言葉に引っ掛かりを感じたからだ。
「捨てるものはない……それだけ侯和には、残っているものがないんだろ」
「やはりそれは……」
「ああ」
俺は、先を歩く圭と『彼』に目線を向けた。
「……限界が来る前に、吐かせてやるか。侯和の本音をな……その前に」
「貴桐さん……」
「ケイ……!」
俺の声に圭が振り向く。その瞬間を狙って、指を動かした。
風圧が圭を押し倒す。
「痛っ……何するんですか……」
地に倒れ、起き上がる圭だったが、立ち上がらず、その場に方膝を立てて座り込むと、不満そうな顔で俺を見上げた。
そして圭は、長い溜息をつくと、困ったように髪をクシャクシャと掻いた。
「ケイ……お前……俺を知っているよな?」
「何を言っているんですか。塔に入ってどのくらい経っていると思っているんですか……そもそも塔に来た時に会って……」
「そうじゃない」
圭は、俺から目線を外して少し俯くと、また長い溜息をついた。
「俺を……知っているよな?」
俺は、同じ言葉を言いながら、圭から『彼』へと視線を変えた。
……無表情。いや、気になっていたのはそこじゃない。
この『彼』……その姿を保っているだけだ。
常に圭の側にいて、圭を守っているようには見えたが、実際には何も動かない。
圭は、俺が感じている疑問に気づいている。こう突きつけられては、その盾ももう使えない。
咄嗟に出てしまった自分の態度に、言い訳も出来なくなったはずだ。
圭は、目を伏せて苦笑を漏らすと、諦めたように口を開く。
「……呪術師……ですよね」
そう答えると、服についた汚れを払いながら、ゆっくりと立ち上がり、俺を見た。
「驚かなかったからでしょう? 初めからそうだと知っている者は、それを見せられても驚かない。そして俺は……」
俺に向ける強い瞳。言い訳など考えてもいない。
「あなたが……俺を本気で攻撃しようと思っていないと、分かっていたから直ぐに立ち上がらなかった……だから同じですよ」
圭はそう答えると、真剣な目を俺に向けながら言葉を続けた。
「塔に入らない呪術医が、これから向かう先にいたとしても、排除はしません。今必要なのは、この答えですよね?」
圭のその言葉に俺は、ははっと笑った。
圭は、そんな俺をじっと見たまま、目線を外さない。俺の言葉を待っているのだろう。
俺は、圭の視線を真っ直ぐに受け止めて答えた。
「ああ。その答えだけで十分だ」