第13話 準備
気づかないフリをしていた。
侯和も圭もその男の事について、何も話す事はなかったからだ。
俺たちにしても、侯和たちにしても、互いに何を思っているかは何となくは気づいていても、それを口に出して訊く事はなかった。
信用とかそんな事よりも、互いにやろうとしている事に重点を置いているからだろう。自分たちの目的に害がなされなければ、問題はない。
まあ……気にはなっているだろうが。
そんな中でも、目に見えて分かる事は、圭が上層を目指している事だった。
その為に侯和が、やたらと手を貸しているように見えた。
俺は、そんな侯和の行動を訝しく思っていた。
侯和自身は、上層を望んではいない。上層で行われている事を俺たちに見せて、それをどう受け止めるか、その判断が自分と同じであって欲しいと思っていたくらいだ。上層を好ましく思っていない。
それなのに、圭と圭が連れている彼を上層に行かせようとしている。
そしてその彼……名を明かす事はなかった。
侯和も圭もただ『彼』と呼ぶだけで、『彼』が自ら口を開く事もなかった。
声を出す事が出来ない訳ではないだろうが……。
まあ……等為や可鞍も聞かれた事しか答えはしないが。
自分が持っている知識を圭に教え、圭はそれを直ぐに理解出来る、頭のいい奴だった。
正直、一夜とそっくりな顔をしている男が、圭の隣にいる事に、一夜が今、どうしているのか気になってはいた。
宿である一夜から、『気』を持っていった……そう気づいていたからだ。
「継承者……そうなるんですよね……」
咲耶の心配が声になった。
それは咲耶の思いが、圭を見ていて重なったからだろう。
『僕も『宿』です。宿であれば、来贅が求める継承者になる事も可能でしょう。これで準備は整いましたね?』
……準備。
『宿』自身が精霊を持つのに、継承する必要はない。『宿』だからこそ、そこに精霊がいると確実に言う事が出来る。
自分の思うように、精霊を我がものにしようとするならば、宿から『気』を奪えばいい。
精霊を呼び出す際に、精霊の性質を決める事が出来るのだから、気を宿す者がいれば、望む精霊の力を手に入れる事が出来るという訳だ。
咲耶が宿した魂は、元々が咲耶の意に適っていた。咲耶は、防御を得意とする呪術師で、そこには守護がある。
等為と可鞍が守護を基した精霊になったのは、宿である咲耶の影響を受けたからだろう。
もし誰かが咲耶から気を奪って、他の性質を持つ精霊を呼び出したとしても、元々宿である咲耶には、その精霊を継承出来る権利のようなものが成り立つ。それが宿が継承者になるという事だ。それは同時に、宿と継承者は離れる事が出来なくなる。
もし、来贅が咲耶から気を奪って継承すれば、離れる事の出来ない宿と継承者は互いに印が刻まれ、鎖に繋がれたも同然となる。
何にしても、圭が精霊の力を利用しようとしている事は、俺たちには明らかだ。
やはり心配なのは、侯和が言っていた『分離』……か。
圭の飲み込みの速さ……その理解力は、群を抜く。
呪術医だった父親の影響か、もうその姿は立派な呪術医だ。
侯和の指示を仰ぐ事も段々と少なくなり、ペイシェントの状態も、自分で即座に判断出来ている。
そんな圭の様子を見ていた俺は、咲耶に小声で言った。その言葉に咲耶は頷く。
「向こうの準備が整った時、俺たちも仕掛けるとするか」




