第9話 生贄
……忘れかけていた……待望、か……。
「……本当に……残念だな」
「貴桐さん……」
溜息混じりに呟いた俺を振り向く咲耶の表情が翳る。侯和の言葉が咲耶にも聞こえていたのだろう。
俺たちの元から離れて行く二人の背中を見る咲耶は、心配そうだった。
そんな咲耶の目を見ながら、俺はふっと笑みを見せた。
「『望む事、全て、思いのまま』……そんな期待さえ持つ事も、ここにはないという事だ。本当に……呆れるな」
「呪術医……なんですよね……この塔に集められたのは、呪術医なんですよね……」
「……咲耶」
「……目指しているものが分かりません。いえ……目指しているものなどないのでしょう。上層だけなんですよね……選択出来るのは。 一番上の階層を提示されて、その場に留まる呪術医が、他に何を目指すのでしょう。先程の彼らがどうかはまだ分かりませんが、さっき見たものがこの塔の実態であるのなら、呪術医は……」
咲耶は、悲しげに見える表情で目を伏せると、言葉を続けた。
「自分の身を守る為に生贄を作っているだけにしか……見えません」
「降り掛かる災いを抑える為に犠牲を作る……言うならば人身御供……といったところか。うん……? ちょっと待てよ……」
「貴桐さん……?」
「それって……」
考えながらも、気づいた事を口にする。
「犠牲を作らなければ……生きられないって事だよな……」
「あ……」
咲耶も俺と同じ事に気づいたようだ。
……代償は……既に払っている。それは当然、犠牲を作っているという事だ。
『いくら骨を繋いだとしても、そこに『生』は成り立たない』
「はは……冗談じゃねえ」
苦笑を漏らし、悔しさを噛み締める。
「奴が生き続ける為に作った塔って訳だ……」
俺は、不機嫌に顔を歪ませながら、侯和が言っていた部屋へと向かう。
「等為と可鞍はここで待っていろ。後で上手く潜り込ませる。あれだけの人数だ。自分に影響がなければ、干渉してくる事もないだろう」
「「分かりました」」
「……貴桐さん……」
不安そうな咲耶の声が俺を呼んだが、俺は真っ直ぐに前を見据えたまま、歩を進め続ける。
咲耶も俺の後に続いた。
部屋の扉を勢いよく開け、中に入る。
当然……。
「ようやく来たか」
「ふん……そりゃあ、いるよな? 来贅」
「相変わらず、強気な態度だな、貴桐」
「相変わらず? 懐かしがられる程、俺はお前とそんなに深い付き合いではないが?」
「ふふ……これから深い付き合いになるだろう?」
「ああ……残念だがな」
「まあいい。ここに来たのだから、それなりの力を見せて貰おうじゃないか」
「長話は遠慮する。階層が分かれているようだが、俺はどの階層に行けばいい?」
睨むように来贅を見る俺に、来贅はふっと笑みを見せて言った。
「お前に選択させてやろう」
……こいつ……。
本当に、上から言うのも見るのも好きな奴だな。気に入らねえ。
侯和から聞いていた事だが、わざと来贅に問う。
「選択? 上層だと言ったら、お前の寝首でも掻けるのか?」
「出来るものならやってみるといい。だが……忘れて貰っては困るな。お前が取り戻したいものは私の中にあるんだぞ。だが……そうだな。上を望めば、近付けるのではないか……? 私はそれを期待している」
「……そうか。それなら……」
俺は、来贅を真っ直ぐに見ると、強い口調で来贅に答えた。
「俺が選ぶのは、下層だ」