第8話 上下
柯上 圭……この男もまた目的があるようだ。
笑顔を見せてはいても、何かを秘めている。自分の手で成し遂げようとする為の覚悟……か。
落ち着いた雰囲気が、心の内を悟られないように気をつけているようにも見える。
塔に入った日は浅くても、侯和に馴染んでいるところを見ると、やはり同じ思いがあるのだろう。そう感じた。
だが、これ程、若くても呪術医なのか……? どう見ても、まだ十代……。差綺と歳は変わらないように見えるが。
今はこの塔以外では呪術医を続ける事が出来ない。続ける為に、なのか……。ただ単に呪術医を目指しているだけなのか……。
この若さで呪術医だとしたら、その能力は高い事だろう。
そうだとしたらどうして下層に……。
侯和にしてもそうだ。
いくら侯和の持っていたものが、この塔の中で超えてしまったとしても、その能力が土台にあったはずだ。
能力で階層が決まるなら、下層にいるのは妙だ。
上層に入った方が有利になるんじゃないのか……。
いや……有利かどうかは目的次第か。
この二人がそれでも下層にいるという事は、いきなり上層に入ったとしても目的は果たされないという事か。
敢えて……下層を選んだ……?
俺はちらりと侯和を見た。その視線に気づく侯和は、何故か目線を逸らす。
……何か……ある、か。
圭のところへと歩き始めながら、侯和が言う。
「ここは上層階だ。この先にもう一つ部屋がある。そこに行けば、塔の服が用意されている」
「もう既に階層が決まっているという事か」
「ああ。この塔に入ると決めた者は、その前に会っているはずだ」
侯和は、肩越しに俺を振り向いて言った。
「『主様』に」
主様……ね。もうこの言葉自体が呪いだな。聞きたくねえ。
思わず顔が引きつる俺に、侯和は言葉を続ける。
「既に見定められているんだよ。だから、もう既に用意されている。だがそれでも……」
「なんだ?」
「選択肢があるんだ」
「選択肢……」
……またかよ。
俺は、気鬱にも溜息を漏らした。
そもそも、選択肢などと言っても、相手から出された選択肢では、利点が少な過ぎる。
その中で選ぶのは、どれだけ自分が納得出来るかになるだろう。
奴にしたって、選ばせたいものは決まっている。それでもわざわざ選択させるのは、自分の意に適うかどうかを確かめたいだけだ。
「まあ……選択出来るのは、用意されている服が、上層だった場合だけなんだけどね……」
侯和は、俺から視線を外すと、少し上を眺めるように目線を向けながら、寂しげにも見える表情で呟くようにこう言った。
「見上げるからといって、それが羨望な訳じゃない」
……やはり、敢えて下層を選んだか。羨望じゃない……成程な。
「だから……俺たちに見せたのか。上階で何が行われているかという事を」
侯和は、俺に視線を戻すと、うっすらと笑みを見せた。
「正しい選択……と言いたいけれど、この塔で正しいと言えるものは正直ないと思っている。それでも、下があるからこそ、上が見えるって事は確かな事だよ」
侯和は、そう言うと、圭と共に歩き始めた。階下に戻るのだろう。
背を向けて歩いて行く侯和は、静かな声で言葉を置いていった。
聞こえても、聞こえなくてもいい……そう思いながら口にしたのだろう。
まあ……俺には聞こえていたが。
「……君が選択するまでの少しの間……忘れかけていた待望に苦痛を緩和しているよ」