第7話 必然
どうにもやりきれない思いが絡みつく。
目の当たりにしたものを、止めようと動いても。
……手が届かないと分かっている。
生と死が決まる瞬間を見た。
一人は助かり、一人は死ぬ。
そこで俺が止めたとしたら、確実に二人とも死ぬ。
来贅が言っていた言葉が、頭の中に浮かんだ事に腹が立った。
その言葉をここで証明でもするかのように行われていた事が、苛立ちを抑えきれなくさせる。
調べたいなら好きにしろだと……こんな思いを分からせようとする為か。
『本当に守りたいものは……優先するべきだ』
奴が言っていた事など、理解出来るはずもない。
この塔は……。
来贅の言っている事を強引に理解させようとする。
『必要なものと不要なものを切り分ければ済む事だ』
一体……どこまで……追い詰める。
叩きつけられるような苦しさが、どうにも出来ずに歯を噛み締めるだけだ。
ここに集う者が絶えない限り……呪術医が考え方を変えない限り……困難だ。
「あんたのような呪術医は、他にいないのか?」
「俺のような呪術医って……?」
「本意じゃないんだろ。それでもこの塔に入ったのは、僅かでも救う事が出来るんじゃないかと思ったからじゃないのか」
「……どうかな……分からない」
侯和は、苦笑をしながら、目を伏せた。
「分からないって……自分の事だろ」
「今言えるのは、呪術医を続けたかった……それだけかな……塔に入らず、独自で呪術医を続ければ、個人主義者だと排除される。使う薬剤も機材も限られるんだ。それでも他に何か出来る事はないかと考えても……それは認められる事はない。この塔に比べたら……使えるものが少ない呪術医は、呪術医とは誰も認めてくれないんだよ」
一夜が言っていた事と同じ事だ。
「それじゃあ、いくら自分が呪術医だと名乗っても、その力を使えないなら、呪術医なんて言えないだろ……? 呪術医がその名を保つには、この塔しか今は道がないんだ……」
肩を落としながら言う侯和に、俺の思いも重なった。
また……来贅の言葉が圧を掛けてくる。
『呪術師は、呪術を使う事が出来て、呪術師と名乗れるんだったな……』
『その名を保つ事が出来ればいいが……な……?』
「コウさん。ちょっと手伝って欲しいんですが……」
俺たちの間に声が走った。
その声の方向に振り向くと、若い男が立っている。
侯和と同じ服の色……。
ここに来るまでに、大勢の呪術医が目に入ったが、階層ごとに服の色は分かれているようだ。
丹敷が着ていたのも同じ色だったという事は、まだこの二人も下層って事か。
「ああ、分かった」
「その方たちは……?」
男の目が俺たちに向く。
「塔に入る為に来た。色々教えて貰うよ……」
俺は、そう答えながら、名を告げる事を促すように、男の目をじっと見た。
男は、にっこりと笑みを見せると名を告げた。
その笑みは、なんだか少し差綺に似ていると感じた。
……差綺。
この時、俺はまだ気づいていなかった。
その雫を掬おうと手を伸ばした者の存在があった事に。
坏から零れ落ちた雫は。
手を伸ばした者にも分け与えた。
「柯上 圭……ここではケイと呼ばれています。教えるといっても、俺も入ったばかりなんですよ」
そして、この出会いも決して偶然ではなかった事を、後に知る事になる。




