第3話 精霊
宿木の葉が、月の光を乗せたように艶やかに照らされていた。
月が宿木という坏に雫を落とす……そんな言葉が思い浮かんだ。
宿木の枝を折った瞬間に、まるで雨の雫が飛ぶように光の粒が弾ける。
俺の目の前で踊るように揺れ、手を伸ばせば光が手元を追った。
「はは……面白いな」
そう呟き、思わず笑みが漏れた。
俺は、登った木の枝の上に座り、幹に寄り掛かった。
光の粒が増していく様を、のんびりと眺め始める。
幻想的……そう口にするのが普通なのだろう。
だけど俺は、そんなふうに思う事はなかった。
呪術師は、自然を相手に力を使う。
その力がこんな形で目に見えている……それはきっと呪術を使う者たちが目にする事が出来る事なのだろう。
ふと目線が動くと、宿木の枝から垂れ下がる玉のようなものが幾つも見えた。種だ。
俺は、目についたその種に手を伸ばし、そっと触れた。
取ろうとは思っていなかったが、触れた瞬間に種が弾け、どろりとした粘液が俺の手に纏わりつく。
だが、その感触は一瞬だけで、手に染み込んだかのように消えていた。
「……なんだ……?」
粘液に包まれた種が見えたが……。
手を握るが、やはり何もない。
「貴桐さん……!」
咲耶の声に目線を下に落とした。中々、下りて来ない俺を心配しているのだろう。
「ああ、今、下りるよ」
そう答えると俺は、折った宿木の枝を持って、木から飛び降りた。
俺の手元を見た咲耶は、少し複雑な心境である事を隠せていなかったが、宿木の枝を折れた事にはホッとしているようだった。
風もないのに宿木を宿している木が、ガサガサと大きな音を立てて揺れた。
俺と咲耶は、木を見上げる。
「やはり……宿っているのでしょうね」
「……ああ、そうだな」
白く淡い光が、月の光と混ざってゆらゆら揺れる。
咲耶が言う、宿っているというのは、宿木だけの事ではない。
草や木、勿論、人もだが、それぞれに『気』が宿っている。
それが力をもたらすと信じられてきた。
その『気』が動き、そして動かす。
この世における不思議な現象は、その『気』が動き、動かした結果だ。
その『気』は、形として目に見えはしないが……。その動きを感じ取る事が出来た。
風の音。木が揺れて葉を鳴らす音。そんな音がまるで言葉を投げ掛けているみたいに、聞こえる時がある。
俺と咲耶は、月の光を浴びる、宿木を宿したこの大きな木を暫く眺めていた。
ここにいる俺たちにまで、浴びたその光を分け与えるように感じた。
俺は、木を見上げたまま、ふっと笑みを漏らして呟いた。
「……精霊……か」
その言葉に咲耶が頷く。
「まだ……主様もその姿は見た事がないと言っていましたね。ただ、主様はその力を使う事が出来ると……」
「ああ。だから『気』なんだろ」
「ええ、そうですね。貴桐さん……」
「なんだ?」
声のトーンが少し落ちた咲耶に目線を向けた。
咲耶は、宿木を見つめながら、静かに答えた。
俺は、そんな咲耶の言葉を聞きながら、その力を手にしてみたいと思っていた。
「宿木は、宿主である木があるからこそ宿る事が出来る……精霊もそれは同じ事なんでしょうね」
咲耶は、俺に目線を向けると穏やかに微笑んだ。
「もし……その『気』を宿す事が出来たなら……」
「咲耶……」
「きっと僕よりも、貴桐さん……あなたを守ってくれるでしょうか」
なんだか少し寂しげにも見えた表情に俺は。
「馬鹿だな。俺を守る為なんかじゃない。もしもその力を手にする事が出来たなら、俺は守る者の為にその力を使うさ」
そう答えた。