第4話 階層
主人の事もあったが、町の様子ももう少し見ておきたいと留まり、塔に着いたのは数日経ってからだった。
塔を前に立ち止まる。
今更、迷っている訳ではないが、やはり……ここは嫌な感覚がする。
俺たちは、目前にした塔を見上げた。
この塔の大きさからしても、相当な数の呪術医がいる事だろう。
「……咲耶」
「はい。等為と可鞍の事なら、ご心配なく。見抜かれる事はないように術を掛けています」
「そうか……じゃあ……行くか」
止めた足を踏み出し、塔の中へと入る。
見掛けだけだとしても、頼る場所はここにしかない……か。
それを証明するように大勢のペイシェントがいた。
そして、ペイシェントに付き添う呪術医の姿も。
確かに、あの主人が前に言っていたように、白衣を着ている呪術医はいなかった。
「……来たか」
俺たちにそう声を掛けたのは、来贅ではなく、丹敷だった。
「……丹敷」
俺を見る丹敷の目は、鋭く睨んでいる。
差綺の事を見捨てたと思っているからだろう。
「『主様』は、歓迎すると言っていた。この塔を調べたいなら好きにしろともな」
……主様、ね……。
俺は、ふうっと溜息を漏らした。
「なんだよ?」
その態度に、丹敷の顔が更に不満を表す。
「いや。別に。案内してくれるんだろ?」
そう言った俺に、丹敷はボソッと答える。
「案内出来る程……ここにいねえだろ」
俺たちの様子を、塔の奴らがちらりちらりと窺っている。
「じゃあ、勝手に行かせて貰う」
丹敷を擦り抜けて、俺たちは奥へと向かう。
「おい……ちょっと待てよ……その二人は誰なんだ……? 森にいた呪術師はみんな消えたじゃねえか」
「ああ。気にするな」
「気にするなって……! おい……!」
俺を追いながら、更に問う丹敷を振り向いて答える。
「お前は、お前のやろうとしている事だけ考えていればいい。余計な事に気を取られるな」
丹敷が差綺を取り戻す為に必死なのは、分かっている。
「俺に敵意を向けるのは構わない。だが、それは胸の内だけにしろ。この塔に来たからには、下手に怪しまれるような行動は避けた方がいい。そのくらい分かっているだろう」
「……」
俺の言葉に、丹敷は黙り込んだ。
「じゃあな……丹敷。この塔にいれば、まあ……会えるんだろうが」
「……丹敷じゃねえ」
またボソッと答える丹敷をじっと見つめた。
丹敷は、周囲の様子を確認するように目を動かすと、小さく口を開いた。
「ここでは……『ニシ』と呼ばれてる。塔に入った者は、名前から取った二文字がコードネームだって……コードネームってなんだよ……まるで駒じゃねえか……」
……丹敷……。
気落ちした様子で、本音を吐き出す。
丹敷は、俺と視線を合わせずに小さな声で話を続けた。
「それに……階層があって、下層、中層、上層とその能力によって分かれている。奴に辿り着くなら……上層まで上がるしかない」
「上り詰めるつもりなのか」
横目に丹敷を見ながら、そう訊いた。
「……そのつもりだよ」
丹敷はまた、小さな声で答えた。
「……そうか。分かった」
俺は、丹敷からそっと離れる。
「またな……ニシ」
「……」
そう言った俺に、丹敷は何も答えなかったが、静かに頷きを見せていた。
俺と丹敷の距離が離れていく。
……またな……丹敷。
その時が来るまで。