第1話 出立
『どの道、お前には取り戻さなくてはならないものがあるだろう……? なあ……貴桐。ふふ……塔で待っているぞ』
俺が塔に行く事を決めていたように、咲耶も同じに決めていた。
赤い瞳に金色の髪。その力を手に入れて。
再び瞬きをする咲耶の目と髪の色は元の色に戻る。
「……咲耶……」
驚いたのはそれだけではなかった。
俺たちが読んだあの書物には、精霊の名と性質が書かれていた。
誰もその姿を見た事はない。それは『気』であって、目に見えて分かるものではない。
だが……。
咲耶の後ろに現れた二人の男。体を雨が通り抜けていく。
それでもこうして人の姿のように見る事が出来るのは、ここに集った者たちの思いが重なったからなのだろう。
「等為、可鞍」
咲耶の呼び声に、彼らが俺に頭を下げた。
そして、俺に向かって彼らが口にする言葉が。
違和感なく受け入れられた事に、この状況を納得する。
「「主様。俺たちも共に参ります」」
咲耶と目を合わせた俺は、ふっと笑みを漏らした。
咲耶は、少し得意げにも見える顔で、穏やかに笑みを返して俺に言う。
「守られるだけが僕たちではありませんよ、貴桐さん。だって僕たちは……」
「ああ、そうだよな」
俺は、咲耶が答える前に先に答えた。
「呪術師だからな」
俺の言葉に咲耶は、笑みを浮かべながら頷いた。
咲耶は、笑みを止めると、ジジイの墓へと目を向けて、話を始める。
「主様……差綺が外に出なくなったのは、主様がそうさせていたんですよね……? 丹敷の病を治したのは差綺だから……そして自分の能力さえ与える事が出来た……そんな能力を持つ差綺が狙われる事は、予測がついていたはずです。どうして……亡くなる前に言ってくれなかったんですか……もし教えてくれたなら……」
咲耶は、言葉を止めて黙り込んだ。
……教えてくれたなら……。
教えてくれたとしたら、差綺を止める事が出来ただろうか。
いや……出来なかった。
差綺は、ずっとその覚悟を持っていたのだから。
「……咲耶」
「分かっています。教えてくれたとしても……差綺の考えが変わる事はなかったでしょう。それに……差綺は……外に出たかったでしょうから……」
「ああ。差綺は、俺にそれを背負わせる事を嫌ったんだ。ジジイがしてきたように、守られ続けるだけの存在になりたくないってな……その差綺の思いは、ジジイも分かっていたんじゃないか……? だから俺たちに教えなかった……そう思うよ」
雨空を見上げた。
……差綺。
『大丈夫だから。貴桐さん』
顔に掛かる雨粒が、俺の目に滲んだ雫を誤魔化してくれるだろう。
「……そうですね……ですが……」
「……ああ。気づいていたか」
「ええ」
『……掛けるのか』
あの時、そう差綺に聞いた。
俺は、ゆっくりと咲耶を振り向いて答えた。
「差綺は『厭呪』を掛ける。差綺の能力を使った瞬間に、その者に呪いが掛かる……あいつはそう……網を張った」
「……はい。気づいていました」
「……行こう。咲耶」
「はい。等為、可鞍」
「「行きます」」
ジジイの墓に別れを告げる。
「……寂しがるなよ……ジジイ。必ず……戻って来るからな」
雨が少し弱くなってきたのは、ジジイが答えてくれたからなのだろうか。
俺たちは、意を決して塔へと向かった。