第34話 決意
「……咲耶」
「……分かっています。探しているんですよね……来贅は」
「……ああ」
「『継承者』を」
「……ああ」
『これもハズレか』
あの時もさっきも……同じ事を言っていた。
『残念だな』
執拗に俺に付き纏うのも、ジジイの後を俺が引き継いだからだろう。
奴が求めているのは精霊の力……か。
あれ程の力を得てしても、手に入れようとしているのは、自分では手に入れる事が出来ないものを誰かに求め、それを手に入れる……自分の中に引き込むんだ。
「……行こう、咲耶」
「……はい」
足が重かった。
だが、このままにしておく訳にはいかない。
俺の心情の表れか、ポツリポツリと雨が降り出した。
……ジジイ。
俺は、ジジイの墓の前に咲耶と立った。
そして、その前で膝をつき、手をついた。
ジジイの墓の前で来贅に奪われ、倒れた呪術師たちの姿は消えてしまっていた。
全て……持っていかれた。
差綺も……丹敷も。
次第に激しく降り出した雨に打たれる。
「……ジジイ……怒ってるか……? ジジイの目の前で……ジジイが見たくないものを見せる事になっちまったな……」
「……貴桐さん……」
他に方法はなかったのか……?
他に方法などなかったんだ。
そんな言葉が頭の中で繰り返された。
地についた手をギュッと握り締めながら、ジジイの言葉を口にする。
「……坏は満ちた……後は溢れて流れ落ちるだけ……掬わなければ……全てが地に沈む……」
望まないものを掴んだ手は。
沈みきれない泥を掴んだ。
他に方法がなかった……慰めのような言葉が大きく響くのを掻き消すように、抑え切れない思いを声に溢れさせた。
犠牲を作ったのは事実だ。自分を責めろ。
「あああああああああーっ……!」
「……貴桐さん……!」
咲耶の手が、俺の手と同じに泥を掴んだ。
「あなたは主です。主に従うのは当然の事……僕は知っています。彼が『宿』だと気づいた時点で、その力を来贅に気づかせてはならないと……もし彼が引き込まれたら、呪術師だけでは済まないでしょう。塔に入らない呪術医も、塔に行かざるを得なくなった人たちも、犠牲になる事でしょう。だから……あなたの決断は分かっています。差綺の決断も……差綺にもそれは見えていたのでしょう」
「それでも……後悔しているんだ……」
「ですが……これで終わりにする訳ではないでしょう? 塔の実態が見えない限り、来贅だけに狙いを定めても、その力量を知る事は出来ません。相手の力量を知らなければ、術も見つかりません。だから……行くつもりなのでしょう?」
「……咲耶……」
「一人で行かないで下さい。望まないものを掴むのは、僕にも出来ると言ったじゃないですか」
咲耶は、ゆっくりと瞬きをすると、俺をじっと見つめた。
「咲耶……お前……」
咲耶はいつも穏やかで親しみ易く、誰からも慕われる存在だ。
俺とは違い、感情をストレートに表す事もない。
抱えた悲しみが大きいのは俺も同じだが、ここにその違いが表れる。
俺が選んだものは『攻撃』で。
咲耶が選んだものは『守護』だ。
再び目を開けた咲耶の目は赤く、明るい茶色の髪は金色に輝いた。
来贅に奪われた者たちの魂が、咲耶に宿った……。
「僕も『宿』です。宿であれば、来贅が求める継承者になる事も可能でしょう。これで準備は整いましたね? だから……」
「咲耶……」
咲耶は、穏やかな笑みを見せて、俺に言った。
「貴桐さん……僕もあなたと共に塔に行きます」