第33話 駆使
「差綺ーっ……!」
叫びながら来贅へと手を伸ばす丹敷を、俺は抑えるしかなかった。
「なんでだよっ! なんで……」
丹敷の思いも勿論、痛い程分かっている。
だが今は……。
歯を噛み締めるしか、悔しさを抑える方法がなかった。
……どんなに憎まれようとも。
俺を睨む丹敷の目から、涙が零れ落ちた。
「なんで……」
俺は、丹敷に何も答えなかった。こんな状況で安心させる言葉などありはしない。
丹敷にしたって納得出来る言葉を求めていても、言葉だけで信じられるものなど期待していないだろう。
……今はまだ、こうするしかないなどと、何の説得にもならない。
『心配するな』などと言えやしない。
口にしていたその言葉が言えなくなったのは……。
俺は、丹敷を掴む手を強く握る。
……差綺が持っていった。
『大丈夫』という言葉で引き換えて。
「さて……」
そう呟き、立ち上がった来贅を目の前に睨む。
「もう一度だけ訊くが、塔に入る気はないか?」
「ねえよ。お前が欲しいのは呪術師じゃない。呪術そのものだろ」
即座に答えた俺の後に、丹敷が口を開いた。
「俺は入る」
「丹敷……!」
「差綺が……いるんだろ。だから俺は塔に入る」
丹敷の足が来贅へと向かう。
「馬鹿……行くな」
引き止める俺の言葉など、今の丹敷に届きはしないだろう。
俺の手を振り切って、丹敷が離れて行く。
歩を進める丹敷に、目線を動かす来贅は笑みを浮かべる。
次々と俺から離れていくその様を見る事が楽しいのだろう。
「行くな……! 丹敷!」
……届かない。響かない。
引き寄せられるタブーは、多くを失う。
それは分かっていながら掴んだものだ。
本当に掴みたいものを掴む為に、望まないものを掴み続ける。
そして……。
「ダメです。行かないで下さい」
また一人……。
俺たちよりも先に、その悲劇を目の当たりにしていた。
「…… 一夜」
俺たちの元へと歩を進めて来る一夜は、助けを求めてやって来た時の表情とは違い、強さを見せていた。
「返して下さい。その術を……命を。あなたが奪ったものを返して下さい」
「ほう……?」
「返さないと言うのなら僕が……」
「待て、一夜……!」
俺の制止を振り切って一夜は来贅へと向かう。
咲耶も止めようと動いたが、来贅の動かした手が強風を巻き起こした。
強風が地を煽り、バリバリと轟音を響かせて地面が割れる。
弾き飛ばされる一夜を捕まえたが、勢いに押され、共に地面に叩き付けられた。
来贅の足音が近づいた。
「やはり……使えんな」
倒れた一夜の頭を、来贅が踏み付ける。
「やめろ……来贅」
俺は、来贅の足を掴んだ。
「ふん……向かって来るからどの程度の力があるのかと思ったが……」
「やめろ……来贅っ……!」
一夜を守るのが精一杯だった。
「やはり……ハズレか。残念だな」
来贅の言葉が降り落ちたと同時に、俺たちのいる地面が下から突き破るように割れた。
直ぐにその場を離れ、割れた地を間に来贅を睨む。
巻き上がった土埃が周囲を隠した。
「降伏するならこれ以上、手を出すのはやめてやろう…… 一人くらい見逃しても痛くもない。どの道、お前には取り戻さなくてはならないものがあるだろう……? なあ……貴桐。ふふ……塔で待っているぞ」
来贅の背後にいる丹敷が俺をちらりと見たが、直ぐに目を逸らし、踵を返した来贅と共に姿を消した。
「……」
俺は、無言で舞い上がった土埃が消えるのを眺めていた。
「……貴桐さん」
「咲耶……」
咲耶の肩に手を置き、体を預けるように寄り掛かると、長い息をついた。
「……託しましたか」
「……ああ」
土埃が消える。
俺たちが見つめるこの地に、一夜の姿はなかった。
下から突き破るように割れた地面は、来贅を掴みながらも俺が地に円を描いていたからだ。
『一夜を連れて……ここから離れろ。その記憶を蘇らせるのは五年後だ。それまで……姿を現すな。綺流』
そう……命じた。