表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/168

第31話 欠落

「奇跡……」

 来贅の言った言葉を、俺は呟いた。

 何故、こいつがそんな言葉を言ったのか、それは来贅自身がそれを表しているからだろう。

 追い詰められた時に望むのは、現状を覆せる事の起こりだ。自分に手段がなければ、何処からか与えられる、現状回避の手助けだ。

 そこに回避出来る(すべ)が与えられたなら、与えられるまでに失ったものは多い。

 この結果からすれば、既に代償を払っているからこそ与えられたと言うべきだろう。

 逆に返せば、奇跡を呼び起こす為に、払えるだけの代償を払う……。

 それは来贅が言う、奴にとっての『不要なもの』だ。

 本当に守りたいもの……自分を優先する為に。


「……は……はは」

 俺は、少し顔を伏せながら、静かに笑った。

 それは苦笑ではなく、呆れていたからだ。

 そして直ぐに顔を上げると、来贅を見たまま、差綺を呼ぶ。

「差綺。やれ」

 俺の声に、差綺が返事の代わりにクスリと笑った。

 同時に張り巡らせた網が、光を帯びて真っ赤に染まる。

 来贅の手に絡み付いていた糸が網を作り、来贅を捕えた。

「咲耶」

「はい」

 咲耶が先に地に下りる。差綺と丹敷が咲耶に続いた。

 俺は、差綺が張った網を掴むと、来贅を押し倒して共に落ちる。

 地へと落ちて行く中、張り巡らせた網がバチバチと光を放った。

 火花のように弾ける光が熱を帯びて体に当たるが、咲耶の防御で俺の体は守られる。

 鈍い音を地にぶつけ、来贅が地に倒れた。俺は、網を使い、衝撃を受けずに降り立つ。

 網に押さえ付けられ、地に仰向けに倒れた来贅に俺は近づくと、来贅の胸元に手を置いた。

 どんな状況になろうとも、こいつは動じる事もない。

 来贅の胸元に置いた手に重力を掛ける。

 歪めて見せたその表情は、わざとにも作ったものだろう。


「……奇跡、か。来贅……。全ての命を囲い、呪術医を集め、その奇跡を持続させる……お前の存在そのものが奇跡だというのなら、塔はその奇跡の象徴そのものだ。選ばれた者だけが生き永らえる……そこに集えばその奇跡は約束でもされるのか……? だが……」

 俺は、来贅の胸元を押し付ける手の力を緩める事はなかった。

「……お前……」

 押し付ける俺の手が、来贅の中に沈んでいく。


「足りないな」


 そう言葉を吐くと、来贅の目をじっと見た。

 互いの目が合ったまま、少しの間が開く。

 その間は、来贅の漏らした笑みで終わった。

「ふ……貴桐……やはりお前は何も……」

 俺を見る来贅の目が強く開いた。

 同時に俺は、来贅の中に沈む手を貫く。

 飛び散る赤い雫が俺の頬を濡らしたが、俺は奴から手を抜く事はなかった。

「貴桐さん……!」

 手を離さず、硬直したようにその場を動かない俺に咲耶が近づいた。

 俺は、来贅を貫いたままの手をじっと見ていた。

 差綺と丹敷も気になったようだ。俺の近くに歩み寄って来る。

「貴桐さん……」

 やはり差綺は気づいたか。

 来贅から手を離さない俺の腕に、差綺がそっと触れた。

「……ダメだ、差綺。俺から離れろ」

 俺の言葉に差綺は首を横に振る。


 ……代償は、既に支払っている。


 その言葉が再度、頭の中を通り抜ける。額に滲む嫌な汗が、俺を染めた赤い雫と共に落ちる。

「おい……なんだよ……? どうしたって言うんだよ?」

 苛立ちを交えた丹敷の声にゆっくりと振り向く。

「……ないんだよ」

「ないって……何がだよ……?」

 怪訝な顔を見せる丹敷に、俺は答えた。


 俺の手には何も掴めていない。


「こいつの中に……心臓がない」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ