第30話 真意
動きを封じようと周りを囲んだ咲耶たちを、来贅は目をゆっくりと動かして見る。
「ふふ……ははは。戮力……それがお前のそれ以上、だと?」
来贅は、笑みを浮かべた顔のまま、目線を俺に戻した。
「なあ……貴桐……」
来贅の手がそっと動くと、俺の首元に触れた。
「それ以上、動かない方がいいよ」
差綺の声がしたと同時に、俺に触れる来贅の手に赤い糸が絡み付いていた。
来贅は、ちらりと差綺を見ると、口元を緩ませて静かに笑みを浮かべ、また俺に目線を戻した。
何事にも恐れないその態度は、余裕の表れであって、俺に触れたその手も今は動かす気はないだろう。
そもそもこいつは、俺の力量を試している。それが来贅にとって、何の意味があるのかは分からないが。
俺を追い詰めるだけが目的なら、悪趣味もいいところだ。
前の主の事を知っていたなら、その差を俺に分からせたところで、こいつにとっての利点はなんだ……?
「疑問だらけだな? 顔に出ているぞ、貴桐」
「じゃあ……答えろよ。俺たち呪術師とは、元々手を組む気などないだろう? 塔の存在が大きな権力を振り翳す為に、邪魔になりそうなものを排除する事が目的なら、お前がたった一人で来る事は不自然だ。そんな事なら、呪術師という者の存在を穢したように、お前の配下にでも任せたらどうなんだ?」
「お前はまだ……私が言った事を理解していないようだな」
「何……?」
俺の目がピクリと動く。
『必要なものと不要なものを切り分ければ済む事だ』
「……どういう……つもりだ……来贅」
来贅を抑え込む手に、更に力を込めた。
それでも来贅は、顔を歪める事もなく、穏やかにも笑う。
落ち着きを見せるそんな奴の表情に、こいつの中には憎しみや怒りといった感情がないのだと知らせる。
それは当然、寛容というものではなく、自分というその存在が、如何に大きなものであるかという、強者であるという証明……。
自分から奪えるものなどないという自信が、そんな感情をものともしない。それだけだ。
それが来贅の言う優先であり、そしてそれは自分の事だけ……。
……気分が悪い。
それが真意だと分かるものを確かめたかったが。
それを聞く事が、もどかしくも不愉快で。
騒つく感情が、いつまでも残るように胸に染み付くようだった。
俺に触れた手がスウッと下りると、胸元で止まった。
その仕草は、不快を感じた俺に気づいているからだろう。
「貴桐……何度も言わせるな……私はそこまで情を掛ける気はないぞ」
「情……だと……お前にそんなものがあるのかよ……」
「あるだろう……? 私は気は長い方だ。それに……まだ時を終わらせてはいない」
来贅はそう言いながら、掴んでいる俺の手を取ると、自分の胸元へと下ろした。
「分かるか? 貴桐」
「は……」
思わず声が漏れたが、その後に奴に言う言葉が見つからなかった。
「取り戻せると言うのなら、取り戻してみるといい。お前の望みはここにある」
手に伝わる振動は、鼓動か騒めきか、叫びにも感じる響きが蠢いていた。
……呪術師たちの臓器……。
「その術があるのならな……? 呪術師は、呪術を使う事が出来て、呪術師と名乗れる……ふふ……お前ならもう分かっているだろう?」
来贅の目線が、周りを囲む咲耶たちまでも試すかのように動いた。
「……来贅」
こいつは……。
「そこに存在するものは奇跡……それが出来る呪術師ならば、その汚名も剥がせる事だろう。出来なければ……不要だ」
自身が代償を払う事なく、タブーを引き寄せる。