第2話 宿木
咲耶は俺と同い年の呪術師だ。
俺が一番信頼を置ける友人でもある。
俺とは逆に丁寧な言葉使いの咲耶は、誰にでも穏やかに接する。誰もが親しみ易いだろう。
主の家を後にした俺と咲耶は、宿木へと向かっていた。
月明かりに照らされる宿木を見上げた。
その根は他の樹木へと下ろす。地に根を張る事はない、寄生樹だ。
必要な養分を寄生した樹木から得て生息しているが、宿木自体で生きられない訳でもないし、寄生した樹木から全てを奪う訳でもない。
「……貴桐さん」
咲耶の心配そうな声が流れた。
俺は、返事もせず、ただ咲耶の次の言葉を待った。
咲耶は、いつも俺を心配する。そんな思いは分かっていた。
後継者になるという事は、死を宣告されるのとなんら変わりはない。
だがそれは、こんな話だけに留まらず、生き物全てに言える事だ。
いつ死ぬかなんて……普通なら分からない。
違う事があるというならば、その死は生命力よりも、己の能力が劣った時であるという事だ。
「僕たち呪術師を頼る者は、その神秘の力に縋ります。それは誰もが持てるものではなく、選ばれた者だけが持てるものだからです。その力を分け与える……その身さえも犠牲にしても……そんな存在です。主様にしても同じです。宿木はそれと同様だと僕は思います。ですが……」
「お前がいるだろ、咲耶」
咲耶の言いたい事は分かっていた。
分かっていたからその先は、もう聞かなかった。
それを聞けば、言った咲耶も俺にしても、あまりいい気分だとは言えはしないだろう。
そんな覚悟など、承知の上だ。後悔などと思う事さえ、考えたくはない。
だからそんな話を飛ばして、結論に向かえばいい。それだけでいい。
「貴桐さん……」
俺は、咲耶を肩越しに振り向いた。
咲耶は、少し驚いた顔をしていた。
俺は、そんな咲耶を見ながら、笑ってこう言った。
「もしも俺の力が不足だと感じたら、それはお前が補ってくれるだろ? あの宿木みたいにさ」
後継者の話は、分かっていた事だったし、俺でいいというならそれでいいと思っていた。
なんの不安もなかったかと言ったら、嘘にはなるが。
俺は、咲耶に笑みを見せながら、言葉を続ける。
「お前がいるから、それでいいと思えたんだよ、咲耶」
その言葉を聞いた咲耶は、笑みを返した。
「……死なせはしません。絶対にあなたの事は」
咲耶の言葉に俺は、ありがとうと頷いた。
そして、宿木へと近づく為に、俺は木に登り始めた。
その様子を咲耶が見守るように見上げる。
大きな木だ。
宿木に手が届くまで、俺は木を登っていく。
上に行けば行く程、月明かりが眩しくも光を放つ。
緩やかに流れる風が、葉っぱをカサカサと鳴らす。
後継者……。
これは一種の儀式的なものだ。
それが出来なければ、その神秘の力を得る事が出来なかった者となる。
既に力不足という事だ。
新たな『主』となる為には、宿木の枝を折る……。
俺は、宿木の枝に手を伸ばした。
掴んだその手に力を込める。
宿木の枝を折るという事は、『主』交代の布告だ。
今の宿木は、今の主と同様だ。
宿木の枝を折り、その力を超える……超えていると証明する。
『坏は満ちた』
主の言葉が脳裏を過ぎる。
その言葉の通り、宿木に降り注ぐ月の光が葉を光らせていた。
俺は、掴んだその手で、宿木の枝を……。
弾ける光が粒となって俺に纏う。
降り注ぐ月の光が、宿木という坏に注ぐように一杯になって、流れ落ち、溢れる。
その光全てが、俺の手元に集まるようだった。
俺は、宿木の枝を折った。