第21話 宿
後ろから聞こえる地を踏む音に、俺はゆっくりと振り向いた。
「咲耶」
「すみません、少し防御が遅れましたが、皆、無事です」
そう答える咲耶は、背に乗せている一夜に目線を向けた。
多少の傷は負っているが……無事なようだ。直ぐに目を覚ますだろう。
「貴桐さん……」
俺の体が血で濡れているのを見る咲耶は、複雑な心境のようだ。
「あなたの為の防御は一切しない……してはならない。そう覚悟しました。ですが……出来る事なら……僕は……」
「俺の選択肢は一つしかなかった。俺が自分で出した答えだ。だから、お前が後悔する事など何もない。俺も……咲耶、お前も……そう決めた事だろ」
俺は、咲耶の言葉を遮って言った。
咲耶にだって俺の覚悟は分かっていた事だ。
分かっていたから、そう言葉にしたんだろう……? 咲耶。
『彼らの事は、僕に』
あの言葉が、覚悟を決めたという互いの合図だった。
『……頼む』
「それでいい」
「……はい」
「ふふ……」
来贅が静かに笑い始め、その声は段々と大きく響いた。
「……くだらん」
伏せていた顔を上げ、俺たちに向かってそう吐き捨てた。
「もう少し……面白いものを見せてくれると思っていたが……」
来贅は、笑みを浮かべたままの表情で、俺にじっと視線を向けながら言葉を続けた。
「期待外れだ」
来贅がそう言葉を放ったと同時に、奴の周りの地面が地鳴りと共に割れた。
バキバキと大きな音を立てて、宿木を宿している木が倒れる。
俺たちは割れる地面と、倒れて来る木を避け、少し離れた位置から様子を窺った。
舞い上がる土埃が空高く上っていく。
突如、暴風が吹き荒れ、土埃を奪っていった。
風が止み、その場を確認出来た時には、来贅の姿はなかった。
「チッ……」
舌打ちする俺だったが、奴を拘束した後の対処法が見つけられない。
奴がいつまでも大人しく拘束されているとは、確かに思えなかったが……。
俺は、溜息をつくと、頭をクシャクシャと掻いた。
「……貴桐さん」
咲耶の心配そうな目が俺に向く。
やはり……俺の思っている事は、咲耶には分かるか……。
跡形もなく木は吹き飛び、宿木があった場所には何もなかった。
「……心配するな」
そう言って俺は、自分自身に呆れてしまう。
それしか言える事はないのかと思う気持ちもあったが、もうこの言葉から逃れられはしないのだろう。
木が倒される前に、宿木の枝は来贅に折られていた。
……『主』……か。
奴が塔の主なら、やはり塔を倒すしかないって事か……。
「それよりも今は、丹敷と一夜を家の中に……」
俺は、そう口にしたが、途中で言葉を止めた。
……うん……?
「どうしました? 貴桐さん」
言葉を止めたままの俺を咲耶が見るが、俺は咲耶に抱えられ、眠っている一夜に目を向けていた。
「僕の張った網に引っ掛かっちゃったかな……? 干渉されちゃったみたいだね?」
差綺も気づいたようだ。
「それとも……自分から干渉してきたのかな?」
差綺は、そう言って興味深そうに、一夜の顔を覗き込んだ。
「無意識に同調しているんだよ……」
「無意識に……同調……ですか? 貴桐さん……では彼は……元々……」
「ああ」
俺は、一夜の頭にそっと手を触れて答える。
「草や木には目に見えない『気』が宿っていると言われているだろ……そしてそれは、人にもだ。だが、全てのものに宿っている訳じゃない」
「ええ……そうですね……」
まだ……自分では気づいていないようだが……。
「気を宿す者…… 一夜は『宿』だ」