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第19話 統御

 流れ落ちる血が粒を増して、(とど)まる事を知らずに地へと沈んでいく。


 ……掬わなければ、全てが地に沈む。


 ジジイの言葉が頭の中で大きく響く。

『坏は満ちた。後は流れて零れ落ちるだけ。それを掬わなければ、全てが地に沈む』


 俺は、血が染み込んでいく地面を掴むように手を握り締めた。

 頭なのか、顔なのか、流れを止めない血が滴り続ける。

 ズキズキと鼓動を刻むように、鈍い痛みが突き上げている。

 そんなもの……。

 俺は、地についた手に力を込め、目を見開いた。


 痛みなど。


 感じるものか。


 体の傷ならいつかは治る。

 だが……心に刻まれた傷は、放っておいても治らない。何もしなければ、後悔と共に深くなるだけだ。

「……言っただろーが……全部、掬ってやるって」

 自分を奮い立たせるように、そう口にした。

 ……無駄になんてするものか。


 全部。

 掬ってやる。


『大丈夫だから……貴桐さん』

 差綺の声が聞こえた気がした。

 ……分かっている。差綺……その為にお前は、俺と会う前から網を張っていたんだからな……。


 頭に染み付いて離れない言葉は。

 呪縛となって絡みつく。

 それは、その言葉を耳にした時から、始まっていたんだ。

 そして、繰り返し聞くようになったその言葉は、焼き付けるように目に止まり、当然のように口をつく。


「望む事……全て……思いのままに」


 俺は、流れ落ちる血を使って、地面に円を描き始める。精霊を呼び出す為の喚起法円だ。

 円を描きながら、どうあるべきかを頭に刻む。

 理解しろ……分かるだろ。

 それなら俺と……。


『そうなって欲しい』などという確実性のない淡い期待など、持ちはしない。


 希望などという懇願など待つに堪えない。


 今直ぐ……。


「今直ぐ俺と……()()()()……!」


 俺は、統御する……!


 描いた円が光を浮かび上がらせた。

 地面に染み込んだ血は、根を張るように光を帯びて伸びていく。宿木を宿す……木に向かって。

 何処からか聞こえ始める雷の音。

 地から浮かび上がる光と共鳴するように、闇夜の空に稲光が走った。

 宿木へと伸びていった光が空に広がると、稲光と合い混ざり、描いた円へと降り落ちる。同時に、雷鳴が一度だけ大きく響いて、ドンッと地を揺らした。

 その震動が、俺の体に飛び込むように入り込む感覚を受けると、胸元にジリジリと焼けるような熱さを感じた。

 呼吸が苦しい。体が熱い。

 血の流れがグルグルと回っているのが分かるように、体中を何かが這っていくようだ。

 入り込んだものが、俺の体の中で暴れている……そんな感覚だった。

 ……これが……力か。

 息が止まりそうな程の全身の痛みに、歯を噛み締めた。

 巡る血が速度を増し、視界を歪ませる。気を抜いたら、俺の体が崩れてしまいそうだ。

 だが、ここでこの苦しさを吐き出してしまったら、俺の中に入り込んだこの力が抜け出していってしまう気がした。

 閉じそうになる目を、必死で堪える。目を閉じたらもう……何も見る事が出来なくなってしまうだろう。

 ……出すものか。

 受け入れろ。


 俺は、入り込んだものを押し込めるように、声一つ漏らさなかった。

 バチバチと弾け出す光が、俺の体を覆った。その光がふわりと柔らかな光に変わると、同時に苦しさから解放された。

 ……やったか。

 俺は、ゆっくりと立ち上がった。

 ……見ていたのか。

 感じる視線へと目を動かす。


 ……この男は……。

「……来贅」

「ふふふ……手に入れたか。これで……」

 死を恐れる事のないその存在は、他人の命を弄ぶ。


「私と……互角になれたかな……?」


 奴は、俺を追い詰め、奪ったものを代償に手に入れられたものだと、不遜に笑った。

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