第16話 選択
『人には人に使う材料があるって事なんだろ』
その言葉が事実を伝えるまで、そう長くはなかった。
「主様……!」
尋常ではない呼び声に、俺と咲耶は直ぐに外へと出た。
数十人の呪術師が宿木を囲んでいる。
俺と咲耶が近づくと、呪術師たちの表情は異変を伝えていた。
目線は皆、宿木を見上げている。
……月が翳っている。
宿木に降り注ぐ明かりが、遮られたように。
呪術師たちは、それに不穏を感じて集まったのだろう。
俺と咲耶は、宿木の真下に立った。
葉がカサッと掠れた音を鳴らした。
パラリと葉が一枚降り落ちたかと思うと、二枚、三枚と次々に落ち始めた。
「……貴桐さん」
咲耶は嫌な予感がしたのだろう。それは俺も同じだった。
葉が落ちる量が増えると、バサッと何か重いものが落ちる音がした。
「……っ!」
呪術師たちが騒ぎ始める。
俺と咲耶の目の前で、落ちてきたものは網に包まれ、止まっていた。
「差……綺……おい、差綺っ……!」
やっぱり……お前は…… 一人でやろうとするんだな……。
傷だらけの体からは血が流れ落ち、網を伝って地に落ちる。
うっすらと目を開ける差綺は、笑みを見せていた。
「……あはは……見つかっちゃった……」
「……誰にだ?」
そうは訊いても、分かっている。差綺が網を張っていたんだ。見つかったなどと言うのは、俺に対して言っている訳じゃない。
「……うん……」
差綺は、網を掴もうと手を伸ばすが、掴もうとする手に痛みが走るのだろう。それでも痛みを堪えて、網を握り締めた。
短い呼吸が苦しさを吐き出させている。
俺は、力を貸すように差綺の手を掴み、グイッと引いた。
差綺の網に掛かったものが落ちるのが横目に映ったが、俺は敢えてそこに目線を向けなかった。
時を見計らって……タイミングで降りて来ているだけ……差綺の網に捕えられている訳じゃない。
「……無駄な交渉だったと分かっていたはずだろう。それは勿論、初めからな……回りくどいやり方は、お前の常套か? 来贅」
掴んだ網に、奴の重さは感じなかった。
パラリと重力に従って落ちる網。俺は、差綺を抱きかかえた。
低い声がゆっくりと流れ始める。
「……時節を待つのは、お前たち呪術師がよくやる事だろう? それに……言ったはずだ」
翳った月が明かりを見せると、来贅の姿を浮かび上がらせた。
俺は、ゆっくりとその姿に目を向ける。
スウッと静かに流れた風が、奴の長く伸びた髪をそっと揺らした。
睨み合うように目線を合わせる俺と来贅だったが、奴の口元は笑みを帯びている。
ゆっくりと伸ばす手は、指摘するように俺を指差した。
「本当に守りたいものは……決まったか? 行嘉貴桐」
あの時、残していった奴の言葉。
本当に守りたいものは優先すべきだと。
……こいつ……。俺に選択させる気か。
俺の周りには、ここに住まう呪術師ほぼ全員。
隣には咲耶。俺が抱えた腕の中には、傷だらけの差綺……そして。
「何か……あったんですか……?」
呪術師たちの間を抜けて、俺の元へとやって来た姿に、来贅の目が動く。
「ほう……?」
興味深そうに唸る来贅は、クスリと笑みを漏らした。
…… 一夜。
奴の目は、一夜にじっと向けられていた。
そして、一夜を見つめたまま、俺に選択を問うように口を開いた。
「これは……楽しみだ」