第29話 繋
「貴桐。後の事は俺と亜央で片付ける。戻るんだろ? お前たちのいた場所に」
侯和の言葉に俺は頷いた。
「『大丈夫』『心配するな』」
目線を合わせた俺に、侯和は笑みを見せてそう言った。
俺は、侯和のその言葉に笑みを漏らした。
「侯和……後を頼む」
「ああ。任せておけ」
俺は、軽く手を上げると部屋を出た。
侯和の声を背中で聞きながら、そっと目を伏せた。
「これでさよならなんて言うなよ、貴桐。俺は、必ずお前に会いに行く。約束だ」
……約束……か。
侯和と亜央を残して、俺たちは部屋を出た。
「……差綺」
部屋を出たと同時に、俺は差綺を呼んだ。
「なあに? 貴桐さん」
俺の横に並び、顔を向ける差綺にちらりと視線を向ける。
俺は、ふうっと息をつくと、口を開いた。
「お前……何やったの……」
俺の声は呆れている。
「うーん……圭と一夜が媒体を変えたでしょ? 僕は、その媒体を繋いだだけだよ?」
「繋いだだけ……ね……あ、そう」
「なにか問題あった?」
差綺はそう訊くが、クスリと笑う仕草がわざとらしさを見せている。
俺は、長い溜息を漏らす。
「繋ぐってさ……」
俺は、前方を指差しながら、差綺に言う。
「お前……こんな目に見えて分かるように繋いでいたか?」
呪術医たちが、差綺の網に絡め取られている。網から逃れようともがいているが、もがけばもがく程、複雑に絡みつく。
「あはは」
「あはは、じゃねーよ。解いておけ。先に進めねえだろーが」
「大丈夫、大丈夫」
クスクスと笑いながら、差綺が前を行く。
差綺の指先が空を切ると網が動き、通り抜けられるだけの間を開けた。
差綺は、俺を振り向くと答える。
「塔を出るまで網は解かない。だって貴桐さん言ったでしょう? 思想は分かれても目的は同じ。媒体が変わっても、行き着くものは同じでしょ? 貴桐さんは、その目的そのものだから、どちらにしてもあなたへと群がって来るのは明らかでしょう?」
『主は器……力を持つ者を守るか、力そのものを守るか』
差綺は、クスリと笑うと、ちらりと一夜を見た。
差綺の意味ありげな目線に、一夜は納得を示している。
「だから……僕に網を張らせる事にしたんだね、差綺」
「干渉しちゃったからね」
「僕が……干渉……あ……うっすらとだけど、その感覚は覚えている。貴桐さんたちのところにいた時だ」
一夜の言葉に差綺は、またクスリと笑みを漏らした。
ゆっくりと瞬きをする差綺の目が、赤い光を帯びる。
差綺の頭に触れた時、その思いは直ぐに伝わってきていた。
その事をはっきりと口にする差綺に、咲耶たちが続き、道を開くように俺の前へと出た。一夜も圭も……だ。
「貴桐さん、あなたは僕たちの主。主に近づく事は、僕たちが許さない」
……差綺……お前は本当に。
さっきからずっと、俺の頭の中で言葉が響くように流れている。
差綺は、その事に気づいている。勿論、その響いている声が誰の声なのかも。
網に捕えられている呪術医たちの目は、俺へと向いていた。
ボソボソと呟くように聞こえる声が騒めきを立てたが、段々と一つになって言葉を重ねる。
「「主様」」「「主様」」
……ずっと、言葉が響いている。
差綺の指が動くと網が動き、行く道を開いていく。
差綺を先頭に、塔の外へと俺たちは向かった。
俺は、頭の中で響き続ける言葉を、歩を進めながら口にした。
「望む事、全て、思いのままに」




